あらすじ
*この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。
都心から電車で1時間の中規模都市。高齢化により医療現場が疲弊する中、関東医科大学附属病院は地域医療の最後の砦となっていた。3月のある日、手術を受けた73歳の患者・山本幸三の容態が急変。実は手術中にほんの一瞬、血圧が異常に下がった時間があった。執刀医の佐久間一真はその事実を伏せようとする。
私の判断にミスはない
関東南部、人口20数万の中規模都市。都心から電車で1時間の距離にあるこの街も、例外なく高齢化していた。
かつては工場の煙突が林立し、若い家族の笑い声が響いた住宅街も、いまや白髪頭ばかりが目立つ。医療現場は慢性的な人手不足と激務で疲弊し、地域の診療所の多くは休診日を増やすしかなかった。そんな中で、ひとつの大学病院だけが、この地域の医療の「最後の砦」として機能していた。
関東医科大学附属病院。この街で生まれ、この街で老いていく多くの人々にとって、その名は信頼の象徴だった。
3月の柔らかな陽光が病棟の窓を照らしている。病院の10階、心臓外科病棟の一室では、73歳の山本幸三が穏やかな笑みを浮かべていた。胸の包帯がまだ痛々しいが、手術は成功し、主治医からも「経過は順調です」と告げられた。
「よかった……もう大丈夫なのね」妻の美智子が安堵の表情を浮かべ、そっと夫の手を握る。「痛みはあるけど、命があるだけでありがたいよ」かすれた声に、息子の亮が笑った。「畑もまた再開できるな。夏にはトマトを送ってくれよ」病室には久しぶりに、春の風のような笑い声が満ちていた。
執刀医の佐久間一真は病棟を巡回しながら、その笑顔を遠くから見つめていた。「成功だった。予定より時間はかかったが、結果は悪くない」自分に言い聞かせるように小さく呟いたが、胸中にわずかな違和感が同居していた。術中にほんの一瞬、血圧が異常に下がった時間があったからだ。
その後すぐに安定したため、手術記録にも「一時的低下」としか記していない。「問題ない……はずだ」佐久間は、自分の不安を押し殺した。しかし、その“わずかな違和感”は、静かに現実の形を取り始めていた。
術後10日を過ぎた夜。幸三の容態が急変した。ナースコール音が鳴り響く。当直医が駆けつけ、遅れて佐久間も病室に駆け込む。モニターのアラーム音が鳴り続け、看護師たちが短い指示をお互いに交わす。
人工呼吸器、昇圧剤、心臓マッサージ。「心拍、戻りません!」看護師の報告に佐久間は声を荒らげ、「もう一度アドレナ...


