「共創」というグレーゾーン若手エンジニアたちの選択〈前編〉

公開日:2025年11月12日

      あらすじ

      *この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。

      K&Iソフトウェアを設立し、アルバイトをしながらソフトウェアの開発を続けてきた市村徹と上川修。5年後、特許を取得したソフトウェア「プレナダ」を仙台の知財フェアで発表すると、国内最大級のITソリューション企業・アルトマンの早瀬岳から声をかけられた。その後、アルトマンと共同開発契約を締結するが……。

      共創に見せかけた “搾取”

      あの夜のことは、今もはっきりと覚えている。仙台の街に降る五月のやわらかな雨。終了間際で人もまばらな知財フェアのイベントホールに、彼は不意に現れた。

      「はじめまして」その声にふたりが同時に振り返る。短く刈り込んだ黒髪、グレーのスーツに細身のネクタイ。男は軽く会釈しながら名刺を差し出した。

      早瀬岳─アルトマンシステム開発責任者。名刺に記された社名を見て市村徹は思わず息を呑む。国内最大級のITソリューション企業だ。テレビCMでしょっちゅう見かける巨大企業の名刺が手の中ある。一瞬、現実感が遠のいた。

      「プレナダのデモ、拝見しました。あれは素晴らしい。とても2人だけで開発したとは思えません」早瀬の言葉に、隣の上川修がわずかに表情をゆるめた。彼が他人の前で笑うことは少ない。“わかる”人間に出会ったときだけ緩むことを市村は知っている。

      「ありがとうございます」と市村が言う。「ただ、プレナダはまだプロトタイプでして。実装部分にも課題が多くて……」「その“未完成さ”がいいんです。完成されたものは、進化しない」早瀬の返しはスムーズだった。営業的なやりとりに違いないが、薄っぺらさはなかった。

      3人はそのまま食事へと流れた。普段なら絶対に足を踏み入れないような会場近くのホテルレストラン。ワイングラスで乾杯すると、話は自然とプレナダに及んだ。

      「構造はシンプルですが、実際の連携処理は複雑です。とくにセッション間での暗号鍵の再利用を防ぐために──」早瀬の問いかけに、上川が食い気味に説明を始めた。彼はいつもそうだ。専門用語を次々に繰り出して、相手が理解できるかどうかなどお構いなし。だが、早瀬はむしろ喜々として質問を重ねた。

      「非同期処理が苦手なデバイスにも対応させる工夫、あれは上川さんの発想ですか?」「そうです。従来の並列分散モデルではなく、ノード間の意思決定プロセスに人間の直感を──つまり“迷い”を意識的に設...

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