あらすじ
*この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。
伊与澤運輸の東京支社にまつわる過労告発のSNS投稿が炎上寸前にあった。投稿者は、隣設する湾岸倉庫群で働く派遣スタッフの伊藤優馬。伊藤に投稿の意図と現場の実情を聞くため、広報部長の川田慎吾は部下の入江周大とともに東京へ向かう。そして現場に"疲弊の声を受け止める回路"が存在しないことを知る。
"信じられるもの"をつくる
伊藤優馬は、倉庫の控え室に通されていた。憔悴した様子で、視線は落ちたままだ。「広報部の川田です。急に呼び出してすまなかったな」川田慎吾が先に名乗ると、伊藤は少しだけ顔を上げた。「……クビですか?」「違う。話を聞きに来た。投稿の意図と、現場の実態を教えてくれ」伊藤はしばらく口を閉ざしていたが、やがて少しずつ話し始めた。
社員が足りず、残業が続いたこと。上司が人員補充の要望を出していたが、本社に届く前に止まっていたこと。「疲れた」と言うと「根性が足りない」と言われたこと。投稿は、単なる愚痴のつもりだったこと。
「俺、荷物に遅れが出るのが一番怖かったんです。お客さんが困るし、自分が迷惑かけるのも嫌で。でも、まさかSNSがここまで拡散されるとは思わなかった……」「君、責任感あるな」川田の一言に、伊藤は驚いたように顔を上げた。
伊与澤運輸の東京支社に隣設する湾岸倉庫群は、常時200人以上の社員と派遣スタッフが汗を流し、物流の要所として取引先の信頼も厚い拠点だ。「やったことは軽率だったが、背景には"誰かのために"という思いがあった。それなら、俺たちは君を責めるより、その"痛み"に向き合うべきだ」「えっ……」驚きのあまり動けずにいる伊藤の肩を軽く叩くと、川田は部屋を出た。
会議室に戻った川田は、支社長に告げた。「SNSは消すよう本人を説得する。だが、それだけではだめだ。現場には"疲弊の声を受け止める回路"が存在していない。これが最大の問題だ」支社長は無言で頷いた。「対策は三つ。人員の再配置と相談窓口の新設。そして現場管理者への広報的研修。入江、レジュメをつくって本社に持ち帰れ」「はい」
新幹線で神戸へ戻る車中、入江周大が言った。「正直言って、対応は自分一人でもできると思っていたんですが、やっぱり甘かったです」「それでいい。自分だけでできると思い始めたときが一番危ない」「あの伊藤って子、いい奴でしたね」「ああ。現場を知っている奴ほど言葉が鋭い。...


