「撤退広報」の企画書を書きたい!

公開日:2026年10月05日

  • 片岡英彦氏(東京片岡英彦事務所)

「広報関連の新たな企画を実現しようとするも、社内で企画書が通らない……」そんな悩める人のために、広報の企画を実現するポイントを伝授。筆者の実務経験をもとに、企画書作成に必要な視点を整理していきます。

信頼を損なわずに次の一手へとつな

グローバル広報の企画書といえば、「どう進出するか」「どう拡大するか」という文脈で語られることがほとんどだ。しかし今、海外事業を持つ多くの日本企業が直面しているのは、逆の局面である。経営環境の変化を受け、市場からの撤退、事業の縮小、あるいは事業ポートフォリオの抜本的な見直しを迫られている。こうした局面で、広報担当者は何をすべきか。撤退を「戦略的選択」として社会に伝え、信頼を損なわずに次の一手へとつなぐための企画書を、あなたは書けるだろうか。経営戦略の文脈では、撤退は選択肢のひとつとして古くから論じられてきた。だが、グローバル広報の相談を受けていると、「撤退の企画書を書いたことがない」という広報担当者が圧倒的に多い。本稿では、危機管理広報でもIRでもない第三の広報設計として「撤退広報」を体系化する。

視点1
「撤退広報」とは何か

危機管理広報・IRとの違い

「撤退広報」という言葉は、まだ広報の実務用語として定着していない。それ自体が、この領域がいかに手つかずのままだったかを示している。広報担当者が「撤退」という経営判断に関わる場面は、大きく二つのルートで訪れる。ひとつは、経営トップから突然「海外事業の縮小を発表することになった。広報として何をすべきか」と問われるケース。もうひとつは、M&Aや事業再編の検討が社内で進む中、広報部門が後から知らされるケースだ。いずれも、準備のないまま本番を迎えることになりやすい。なぜ、こうした事態が繰り返されるのか。撤退の企画書を書いたことがないからだ、というのが私の実感である。

まず整理しておきたいのは、「撤退広報」が既存の広報概念とどう異なるかという点だ。危機管理広報との違いから確認する。危機管理広報は、不祥事・事故・自然災害など「不測の事態」に対応するための広報設計である。対して撤退広報は、経営判断として能動的に下された決定を、社会に対して誠実に説明するための広報設計だ。撤退という行為自体は、企業にとってのリスクではなく選択である。謝罪ではなく、説明の設計が求められる。

IRとの違いも明確にしておく必要がある。IR(インベスター・リレーションズ)は、投資家・株主に対する情報開示を主な目的としている。財務的な影響と将来の見通しを、開示義務に基づいて伝えることが中心である。撤退広報はIRとも連携するが、対象はより広い。現地従業員、現地取引先、現地メディア、地域コミュニティなど、投資家以外の多様なステークホルダーへの説明設計を含む点が、IRとは根本的に異なる。つまり撤退広報とは、「経営判断としての撤退を、多様なステークホルダーに対して誠実に伝え、信頼を損なわずに次へつなぐための広報設計」として定義できる。危機管理広報が「守りの設計」だとすれば、撤退広報は「能動的な関係再構築の設計」だと言ってもよいだろう。

撤退の引き金は様々だ。経営環境の変化に起因するものもあれば、事業ポートフォリオの見直しによるものもある。では、撤退の引き金によって、この設計は変わるのか。確かに、引き金の種類によってナラティブの方向性と最優先ステークホルダーは変わる。しかし「誰に・何を・いつ・どの順番で」という広報企画書の骨格は変わらない。仮に引き金となった事実が何であれ、企画書に書くべきことの構造は同じだ。この点を最初に押さえておくことが、撤退広報の企画書設計における出発点になる。

引き金は大きく三つの類型に整理できる(図1)。ひとつ目は、政治・安全保障・規制強化に起因する「地政学型」。国家間対立や現地政府による規制変更など、企業側のコントロールが及ばない外部要因による撤退だ。こうした場合には、現地従業員と現地政府への説明が最優先となり、広報の緊急度は高い。ナラティブの方向性は「やむを得ない決断」として、安全と責任の強調に置かれるべきである。

二つ目は、円安・関税・市場縮小・採算悪化に起因する「経済型」。外部環境の変化が採算を直撃し、事業継続の合理性が失われた場合だ。投資家と取引先への説明が重視され、「持続可能な経営」としての判断の合理性と透明性が問われる。

三つ目は、M&A・選択と集中・子会社統廃合に起因する「戦略型」。これは事業ポートフォリオの能動的な見直しであり、投資家と社内への説明が中心となる。「選択と集中」として将来への投資を語ることが、ナラティブの核になる。

図1から分かるように、三類型はそれぞれ広報の緊急度が異なる。地政学型は突発的で対応の猶予が少なく、経済型は段階的に進行することが多く、戦略型は計画的に設計できる余地がある。この緊急度の違いが、企画書の優先順位設計に直接影響する。だが、いずれのパターンにおいても共通するのは、「引き金の説明」に終始してはならないという点だ。なぜ今この判断に至ったのか、何を守るためなのか、次にどこへ向かうのか。この三層を広報企画書の中に組み込まなければ、どれほど事実を正確に伝えても「逃げた」という印象は拭えない。

視点2
なぜ撤退局面で広報は失敗するのか

権限設計の崩壊

撤退広報が失敗する原因は、多くの場合、情報の中身や言葉の選び方にあるのではない。...

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