「広報関連の新たな企画を実現しようとするも、社内で企画書が通らない……」そんな悩める人のために、広報の企画を実現するポイントを伝授。筆者の実務経験をもとに、企画書作成に必要な視点を整理していきます。
メディア対応・危機管理で信頼を守る言葉の設計
メディア対応・危機管理の企画書は、必要性を説明しづらい。「メディアトレーニングをしたい」と提案しても、「まだ何も起きていない」と止まりやすい。私が最初に見るのは、マニュアルの厚さではなく、危機時に何を優先して語るか決まっているかである。失敗する企業も、説明していないわけではない。慎重に確認しても、社会からは「遅い」「冷たい」「隠している」と受け止められる。取材で問われるのは、企業の言い分ではなく、記事でどう読まれるかだ。聞かれたことに答えるだけでは足りず、組織の姿勢が歪まない一文を先に用意しておく必要がある。
視点1
危機対応は「判断の前提」を整える
整理すべきは、発信内容ではなく相手の不安
危機対応の際しての会議で怖いのは、明らかに危うい発言が出る時だけではない。全員がそれぞれの立場から慎重に、正しいことだけを言っているのに、結局、外に向けて何を言えばよいのかが見えなくなる時もだ。「まだ事実確認が終わっていない」「法的責任を認めたと受け取られたくない」「個別案件には答えられない」「原因究明中なので、詳しい説明はできない」「お客さまにご迷惑をおかけしたことは遺憾である」。どれも社内的には間違っていない。むしろ、組織の中では責任ある言葉として選ばれている。
しかし、社外から見ると、まったく別の意味に変わることがある。「まだ隠していることがあるのではないか」「謝っているようで謝っていない」「被害者ではなく自社を守っている」「結局、誰も責任を取らないのではないか」。危機時には、企業の意図と受け手の感情がずれやすい。企業が正確さを守ろうとするほど冷たく見え、法務的に安全な言葉を選ぶほど人間味が消えていく。ノーコメントを避けたつもりが、実質的には何も答えていないように受け止められる。専門性が高い領域ほど、この難しさは表れやすい。正確な説明であっても、一般には分かりにくく、時には隠蔽のように感じられることがある。
企業側には「確認が終わるまで話せない」という事情がある。だが、受け手には「説明を避けている」と見えることがある。担当者がその場で発した一言も、個人の発言ではなく、会社の姿勢として受け止められる。これは特定の業界だけの問題ではない。メーカーでは、品質問題の技術説明が責任回避に見えることがある。消費財企業では、生活者の不安への対応が遅いだけで、企業姿勢そのものが問われる。NPOでは、理念と実態のズレが不信につながる。教育機関では、個人情報への配慮が、説明責任の放棄に見えることもある。
危機時には、誰に伝えるかだけでなく、相手がどんな気持ちで聞いているかを考える必要がある。不安や疑念を抱えた人には、正しい説明を並べるだけでは届かない。多くの場合、足りないのは情報量ではなく、不安に触れる順番なのだと私は考えている。
企画書の最初に置くべき問いは、次の5つである。
①この危機で、誰がどのような不安を抱いているのか。
②その不安は、どの情報不足から生まれているのか。
③自社の通常の説明は、どこで不誠実に見えるのか。
④メディアは、この問題をどのような構図で描きやすいのか。
⑤経営として、何を守り、何を変える姿勢を示すのか。
危機対応の企画書で最初に必要なのは、施策を網羅的に並べることではない。誰が何に不安を感じ、どの説明でつまずき、どの判断が社内で止まりそうなのかを先に見つけることだ。そこを見ないまま想定問答を増やしても、危機の瞬間には使えない。
コラム
「正しい言葉」が、いちばん危なく見えた
危機対応の相談でよく見るのは、最初にあった切実な言葉が、社内確認を通るたびに少しずつ丸くなっていく場面である。最初は「お客さまへの説明が遅れたことを重く受け止めています」と書かれていたものが、「関係者の皆様にご心配をおかけしております」となり、最後には「事実関係を確認の上、適切に対応してまいります」に落ち着く。誰かが悪意をもって弱めているわけではない。むしろ、それぞれがリスクを減らそうとしている。
法務は、責任を認めたと受け取られない表現を求める。事業部は、現場への影響を抑えたい。経営は、取引先や株主への波及を気にする。それぞれの判断には理由がある。だからこそ、最後に残る言葉は、誰からも怒られないが、誰にも届かないものになりやすい。
特に危ないのは、「この表現なら問題ありません」と社内で合意された瞬間である。社内で問題がないことと、社会に届くことは違う。「遺憾です」「真摯に受け止めます」「再発防止に努めます」。どれも使いやすい言葉だが、危機時には空洞に見える。記者にも引用されにくい。
危機時に必要なのは、格好のよい言葉ではない。短く引用されても、組織が何を重く見ているのかが残る一文である。社内で安全な言葉ではなく、社会に出た時に姿勢が伝わる言葉を用意していきたい。
視点2
記者は「使える一文」を探している
事実・認識・行動の3層で言葉を組み立てる
取材後に「かなり丁寧に説明したのに、そこだけ使われた」という相談を受けることがよくある。だが、記者は会議録をつくっているわけではない。広報担当者は、取材を「質問に答える場」と考えがちだ。しかし、記者にとって取材は、読者に届ける一文を探す場である。新しさ、意外性、変化、対立構造、社会的意味、引用できる発言。そうした材料を探しながら話を聞いている。
ここで広報側が誤解しやすいのは、「正確に説明すれば分かってもらえる」という思い込みである。もちろん、情報の正確さは大前提である。しかし、正確な説明だけでは届かない。むしろ、正確さだけに閉じてしまうと、組織防衛に見えることさえある。特に危機時には、企業が発した一文は、発言者の意図から離れ、記事の中で社会的な意味を与えられる。だからこそ、話す前に「どう引用されるか」を考えておく必要がある。
危機時の言葉には、以下の3つの層があると考えている。
①事実
何が起きたのか。いつ起きたのか。誰に影響があるのか。現時点で分かっていること、分かっていないことは何か。
②認識
会社として、この事態をどう受け止めているのか。顧客や社会にどのような影響があると考えているのか。
③行動
今、何をしているのか。次に何をするのか。いつまでに何を明らかにするのか。
この3つを分けずに話すと、言葉は切り取られやすくなる。例えば、謝罪と原因説明と再発防止が混ざってしまうと、どれも中途半端に見える。逆に、3つを分けて整理して話すことで、情報が限定的であっても誠実に見える。
このように話すと、情報は仮にまだ限定的であっても、誠意(姿勢)は伝わる。危機時に必要なのは、すべてを一度に説明することではない。分かっていること、分かっていないこと、次に説明することを分けることだ。
もう一つ重要なのが、感情の設計である。危機時の広報では、ロジックよりも、相手がどう感じるかを優先しなければならない。正しいことを言っているのに反発される場合、多くは「感情の順番」を間違えているのだ。被害や不安がある場面で、最初に企業都合の説明を始めると、相手は聞く耳を持たない。最初に必要なのは、責任の範囲を確定することではなく、不安や不便をまずは受け止める言葉である。
ただし、感情の設計は、情緒的に謝り続けることともまた違う。むしろ、事実と見解を分け、言えないことは言えないと明確にし、その理由について誠意をもって説明することが企業の信頼につながる。「現時点ではお答えできません」は確かに冷たい表現に聞こえる。しかし、「現時点では、個人情報保護と関係者確認のためお答えできません。確認できた範囲から、〇月〇日までに改めて公表します」であれば、少なくとも判断の前提が示される。
私は、取材前の準備では「言いたいこと」よりも「引用されても困らない一文」を先に確認するようにしている。引用される言葉には、いくつかの型がある。
こうした工夫は、話し方をうまく見せるための技術ではない。記者が迷いやすいところを先にほどき、読者が判断できる形に置き直す作業である。
コラム
「ノーコメント」より危ない「コメントしたつもり」
危機対応では、「ノーコメント」は避けるべきだとよく言われる。確かに、何も答えなければ「コメントを拒否した」と書かれ、沈黙そのものがニュースになることがある。しかし、実務でさらに厄介なのは、企業側が「コメントしたつもり」になっている場合だ。
以前、ある組織のコメント案を見た時にも、そうしたことがあった。文面は丁寧。「関係者の皆様にご心配をおかけしております」「現在、事実関係を確認しております」「確認でき次第、適切に対応いたします」。一見すると、危機時のコメントとして整っている。だが、それを読んだ顧客は、利用を続けてよいのか、問い合わせを待つべきなのか、自分から連絡すべきなのかが分からない。現場の担当者も、次に何を説明すればよいのか判断できなかった。
この時に足りなかったのは、謝罪の強さでも、文章の丁寧さでもなかった。受け手が次の行動を決めるための材料である。影響範囲はどこまでか。次の連絡はいつあるのか。対象者には個別に知らせるのか。そこが抜けていると、広報文として整っていても、相手にとっては「結局、何を待てばいいのか分からない」コメントになる。
危機時に求められるのは、完璧な説明ではない。言えないことが残っていても、相手が次に何を待てばよいのか、何をすればよいのかを判断できる材料を示すことだ。コメントを出したかどうかではなく、そのコメントが相手の判断に使えるかどうかを確認したい。
視点3
「疑念の入口」を見極める
危機の性質によって、最初に疑われる場所は変わる
危機対応の相談でまず見るべきなのは、その企業がどの業界に属しているかだけではない。業界特有の規制、商習慣、顧客との距離は当然考える必要がある。しかし、実際に社会が反応するのは、「その会社の、この問題」である。同じ企業の危機でも、品質の問題なのか、安全性の問題なのか、説明責任の問題なのかによって、最初に疑われる場所は変わる。
それゆえ、危機対応で最初に整理すべきなのは、「この業界では何に注意するか」だけではない。その問題が起きた時、社会はその会社に対して最初に何を疑うのかである。この「疑念の入口」を見誤ると、正しい説明をしているつもりでも、受け手の不安には届かない。逆に、疑念の入口を押さえておけば、最初に出すべき一文、説明の順番、初動で優先すべき対応が見えてくる。
① 専門性が高い領域
「何か隠しているのではないか」「専門用語で煙に巻いているのではないか」と疑われやすい。正確に説明しようとするほど、一般の読者には分かりにくく見えることもある。ここでは、専門的な原因説明より先に、何が分かっていて、何がまだ分かっていないのか、言えないことの理由は何か、次にいつ説明するのかを明確にしたい。
② 安全性が問われる領域
「安全なのか」「使い続けてよいのか」が最初に問われる。企業側は原因を説明したくなるが、顧客がまず知りたいのは、自分に危険があるのか、使用を止めるべきなのか、交換や修理の対象になるのかである。ここでは、技術原因と顧客影響を分け、使用可否、影響範囲、回収・交換・修理などの行動を先に示す必要がある。
③ 生活者との距離が近い領域
「この会社は生活者の気持ちを分かっているのか」が疑念の入口になる。事実関係が正しくても、不安、不快感、裏切られた感覚への受け止めが不足すると、「分かっていない会社」に見えてしまう。ここでは、生活者の不安や不快感を受け止めた上で、事実と対応を示す順番が重要になる。
④ 理念への期待が高い領域
「理念と実態が違うのではないか」が最初に疑われる。活動の意義や理念を繰り返すだけでは、むしろ疑念を強めることもある。ここでは、資金、活動実態、意思決定過程を説明し、掲げている理念と実際の行動が一致していることを示す必要がある。
⑤ 対応体制への不安が出やすい組織
「この会社に対応できる体制があるのか」が疑われる。大企業のような広報体制や法務体制が整っていない場合でも、初動の誠実さ、責任者の言葉、次回説明の約束によって不安を和らげることはできる。ここでは、分かっていること、分かっていないこと、次に確認することを、責任者が自分の言葉で示すことが重要になる。
⑥ 守秘と説明責任が衝突しやすい領域
「守秘を理由に説明を避けていないか」「関係者を本当に守っているのか」が疑われる。個人情報や関係者の保護は必要だが、それが説明不足に見えると不信につながる。守るべき情報と説明できる事実を分け、誰にどこまで説明するのかを事前に考えておきたい。
視点4
A3一枚に落とし込む
判断が止まる場所を見つける6つの項目
経営陣に示す危機管理広報の企画書は、分厚いマニュアルそのものである必要はない。詳細な手順書や想定問答は当然必要だが、経営の場でまず求められるのは、危機時に何を優先して判断すべきかが分かる資料である。想定リスク、対応フロー、Q&A、メディアリスト、研修内容、費用対効果をすべて盛り込むと、資料としては充実して見える。しかし、情報が多すぎるほど、経営にとっては「何を決めればよいのか」が見えにくくなる。
A3一枚にまとめる目的は、危機対応に必要な項目を綺麗に並べることではない。危機時に、誰が判断するのか、どこまで言えるのか、何を未確認とするのか、次回説明をいつにするのか、記者対応を誰が担うのかを確認し、社内判断が止まりそうな場所を先に見つけることにある。むしろ、私は空欄が残った時の方が、その企画書には価値があるとさえ思っている。
A3企画書では、次の6つを確認しておきたい。
① 危機の定義
事故、不祥事、情報漏えい、システム障害、品質問題、従業員不祥事、SNS炎上、経営者発言、取引先問題など、何を危機として扱うのかを明確にする。ここが空欄だと、そもそも何を重大事案として扱うかで判断が止まる。発生事象だけでなく、社会的受け止めの重大性も入れておく必要がある。
② ステークホルダー別の不安
顧客、取引先、従業員、株主、地域社会、行政、メディア。それぞれが知りたいことは違う。顧客は「自分に影響があるのか」、取引先は「取引継続に支障があるのか」、従業員は「自分たちは何を説明すればよいのか」、メディアは「社会的に何が問題なのか」、経営は「どの順番で信頼を回復するのか」を知りたい。重要なのは、単に相手ごとの関心を並べることではなく、それぞれが最初に何を疑うのかという「疑念の入口」まで整理することである。この違いを整理しないまま、全員に同じ文面を出すと、誰にも届かない。
③ 事実・認識・行動の整理
判明している事実、会社としての受け止め、実行中の対応、これから行う対応、言えないこととその理由、次回説明の時期を分けて書く。ここが空欄なら、何が事実で、何が見解で、何が今後の対応なのかで止まる。危機時の混乱は、情報が足りないことだけで起きるのではない。事実、見解、行動予定が混ざることで起きる。
④ 引用される一文
これはキャッチコピーではない。見出しとして使われても、本文中に抜かれても、組織の姿勢が歪まない言葉である。「現時点で判明している事実は3点です」「最も重く受け止めているのは〇〇です」「原因究明と被害対応を同時に進めます」「お答えできない点は、その理由と次回説明時期を明示します」。ここが空欄だと、取材時にその場の言葉で対応することになる。
⑤ 初動フロー
誰が確認し、誰が判断し、誰が説明するのか。取材を受ける前に、回答できる範囲、回答できない範囲、同席者、記録担当、記事掲載後の確認方法まで決めておく。ここが空欄だと、確認、承認、発表の順番で止まる。危機時に最も避けたいのは、事実確認と承認作業とメディア対応が同時に走り、誰も最終判断できない状態である。フローは、現場を縛るためではなく、迷う時間を減らすためにある。
⑥ KGI/KPI
危機管理広報の成果は、露出量や記事件数だけでは測れない。むしろ危機時には、露出が多いこと自体が問題である場合もある。KGIは、顧客離反の抑制、取引継続への影響の最小化、従業員説明の安定化、問い合わせ対応負荷の低減、ブランド信頼の回復など、経営指標として置く。KPIは、初回声明までの時間、事実確認項目の整理数、次回説明日時の明示率、記事内での誤認表現の発生件数、主要媒体における引用文の正確性など、運用指標として置く。ここが空欄だと、危機対応後に何を守れたのかを説明できない。
数字は冷たい記号ではない。危機時には、経営、法務、現場、広報が同じ判断をするための共通言語である。KGIとKPIがつながっていなければ、広報は「頑張って対応した」で終わってしまう。危機対応を精神論で終わらせないためには、何を守るのか、どの数字を見れば初動の成否が分かるのかを、企画書の段階で経営に渡しておく必要がある。
視点5
取材後の反応を次に生かす
記録、社内共有、記事掲載後の確認を積み重ねる
取材対応は、記事が出る前の準備だけで終わらない。危機時には、取材が終わった直後に何を残すかが、その後の対応を左右する。
取材後の記録を見ると、「こちらが何を説明したか」は書かれていても、「相手が何を気にしていたか」が残っていないことが多い。会社として伝えたいことを整理するのはもちろん必要である。しかし、次の対応で役に立つのは、それだけではない。どの質問で答えに詰まったのか。どの説明に取材者は納得していない様子だったのか。どの点を繰り返し確認されたのか。そこを残しておかなければ、次の問い合わせや追加取材でも、同じ説明不足を繰り返すことになる。
取材直後には、何を聞かれ、何を答えたかを記録する必要がある。できれば終了後30分以内に残しておきたい。時間が経つと、取材の記憶は少しずつ整えられてしまう。発言者は「本当はこう言いたかった」と思い、広報担当者は「こう進むはずだった」という流れで振り返る。すると、実際にどの質問で詰まったのか、どの説明が伝わらなかったのかが残りにくい。だが、記者が記事を書く時に見るのは、こちらが言いたかったことではない。その場で実際に聞いた言葉である。想定外の質問、答えにくかった箇所、記者が繰り返し確認した点、表情が変わった場面。こうした情報は、次の説明を整えるための重要な材料になる。
社内共有も当日中に行いたい。上長、法務、コンプライアンス、関係部門に、取材内容とリスクのある発言を共有する。掲載予定日、媒体名、記者名、想定される見出し、補足資料の有無も管理表に残す。危機時に怖いのは、取材対応が終わったあとで、社内の認識がそろわないことである。誰が何を聞かれ、どこまで答えたのかが共有されていなければ、次の問い合わせで別の説明が出てしまう。そうなれば、会社としての説明はぶれて見える。
一方で、記者へのフォローも重要だ。以前、取材後に追加で確認された数字、対象範囲、時系列をその日のうちに整理して相手に返信したことで、記事の前提がかなり正確になったと感じたことがある。逆に、事実誤認ではなく「その見出しでは困る」「その受け止め方は違っている」という理由で修正を求め、相手との関係が難しくなってしまった経験もしてきた。
補足資料や数字の提供は早めに行う。引用に事実誤認がある場合には連絡してほしいと伝える。ただし、訂正依頼は事実誤認に限定するべきである。解釈への介入は、かえって関係を悪化させることがある。記事は企業活動の説明資料ではない。広報担当にできるのは、判断に必要な事実を整え、誤りがあれば即座に正すことなのだ。
また、掲載後の記事をPDFで保存して終わってしまう会社は少なくない。しかし、それでは次の対応にはつながらない。見るべきなのは、記事が出たかどうかだけではなく、こちらが用意した言葉のうち何が使われ、何が使われなかったのかである。見出しに残った言葉、本文で引用された一文、説明が省かれた部分、誤解を招きそうな表現を確認すれば、次回の取材で先に補うべき点が見えてくる。
取材後の反応は、良かったか悪かったかだけで見ない方がよい。記者が何を繰り返し確認したのか、どの一文が記事に残ったのか、社内のどこから確認が来たのかを見ると、次に備えるべき点が分かる。取材で答えにくかった質問は、次の想定問答に入れておく。記事で使われなかった情報は、次回は先に説明する。社内から出た質問は、次のA3企画書で先に埋めておく。
この積み重ねがない会社では、次の取材でも同じ質問に慌て、同じ説明不足を繰り返す。誰が答えるのかで迷い、どこまで言えるのかで迷い、記事が出た後に同じ説明を繰り返すことになる。逆に、取材後の反応を残している会社では、次の対応で同じ確認に追われにくくなる。想定問答には、前回答えにくかった質問が入る。引用される一文も、実際の取材で記者が確認した点や、記事に残った表現を見ながら抽象的なスローガンではないものに修正できる。
危機対応のKPIは、単に記事のトーンを見ることだけではない。こちらが用意した判断材料が、社会にどう残ったかを見ることである。取材後の記録、社内共有、掲載後の確認を次の企画書に生かすことができれば、危機管理広報はその場限りの対応で終わらない。次の危機時に、同じ確認で迷わないための準備になる。
視点6
社会に残る一文をつくる
危機管理は「経営が迷わないための準備」である
メディア対応・危機管理の企画書というと、想定問答集、謝罪文の雛形、会見進行表、プレスリリースの予定表をそろえることだと思われがちである。もちろん、それらは必要である。ただ、それだけでは危機時の広報は足りない。
危機が起きた時につく傷は決して小さくない。顧客、取引先、従業員、メディア、行政や地域社会との関係が一気に揺らぐ。だから私は、危機管理広報を単なるメディア対応や謝罪文作成としては見ていない。企画書に必要なのは、何を出すかだけでなく、誰に先に説明するのか、どこまで言えるのか、どの言葉なら組織の姿勢として残せるのかを、社内で先に決めておくことである。
そのための企画書を社内に提案する時も、「メディアトレーニングをやりたい」「危機管理マニュアルを整えたい」という言い方だけでは通りにくい。それでは、研修や資料整備の必要性として受け止められてしまう。私なら、危機管理広報の企画書に「研修を実施します」「マニュアルを整備します」とだけ書かれていたら、そこで一度手を止める。危機時に、経営が何を判断するのかがまだ見えてこないからである。
むしろ、「危機時に経営判断が止まる場所を事前に見つけたい」「記者に切り取られても組織の姿勢が歪まない一文を準備したい」「顧客、従業員、メディアが迷わず判断できる前提をそろえたい」と説明する方がよい。危機時には、経営、法務、現場、広報が同時に判断を迫られる。その瞬間に、誰が判断し、何を言い、いつ次を説明するのかが決まっていなければ、対応は止まる。そう説明できて初めて、メディア対応・危機管理はコストではなく、経営が危機時に迷わないための準備として見えてくる。
言いたいことを話すだけでは、危機は収まらない。正しいことを言うだけでも、信頼は戻らない。危機の中では、どの関係が先に傷つき、どの言葉で誤解が広がり、どの行動が信頼回復のきっかけになるのかを見誤りやすい。
だからこそ企画書には、施策名や実施手順だけでなく、壊れかけた関係をどの順番でつなぎ直すのかまで描いておきたい。社会に残る一文を先に考えることは、きれいな言葉を用意することではない。危機時に、経営と現場が同じ前提で判断し、社会に対して何を引き受けるのかを言葉にしておくことである。
東京片岡英彦事務所
代表取締役
/企画家・コラムニスト・戦略PR事業
片岡英彦(かたおか・ひでひこ)
日本テレビを経て、アップルコンピュータのコミュニケーションマネージャー、日本マクドナルドマーケティングPR部長などを歴任。クチコミマーケティング協会発足時のガイドライン検討委員を務める。現在は東京片岡英彦事務所 代表取締役として企業のマーケティングを支援。東京都が新設したデジタル広報フェロー。
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