組織ぐるみの情報持ち出し焦燥がもたらした愚行〈中編〉

公開日:2026年8月13日

  • 佐々木政幸氏(アズソリューションズ)

    あらすじ

    *この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。

    東京地方検察庁特別捜査部、通称 “特捜” が瑞原電機産業を家宅捜索した。容疑は不正競争防止法違反。開発部の部長が、中途採用者に対して元勤務先のデータ持ち出しを示唆していた。広報室の高瀬恒二は、社長の瑞原邦彦に記者会見を提案。そして社長や役員たちを前に「記者からの質問はすべて受ける」と告げた。

    守るべきは、会社の未来

    瑞原みずはら電機産業に特捜の捜査が入る前日、自席の固定電話が呼び出しを告げた。「東京地検の小宮です」再び東京地方検察庁特別捜査部の小宮修吾から連絡が入った。

    「明日、捜索に入ります」その言葉に心がざわつく。一方の小宮の声は穏やかだった。「承知しました」受話器を置いた広報室の高瀬恒二は窓の外に視線を送ったまま、しばらく動けなかった。

    これから起きようとしていることを想像した途端、体に錘が巻き付いているような感覚を覚える。会社はまだ通常業務を続けている。製造ラインが動き、営業は取引先へ見積書を送り、社員食堂では笑い声が響く。嵐は、まだ誰にも見えていない。だが高瀬には、あの〝赤いランプ〞が見えていた。午前八時五九分。

    本社の玄関前に黒い車が停まった時、高瀬はすでに待機していた。手の震えはないが指先は冷たい。「東京地検特捜部です」目の前に身分証が掲げられ、令状の文字が視界に入る。会社名の欄には瑞原電機産業の文字。この紙一枚で、企業は容疑者となった。

    「どうぞ」不思議と平静な声が出た。自分でも広報の顔になっていると自覚する。だが心の中からは別の声が聞こえてくる----事前に止められたかもしれない。

    昨年、有馬精機という同業他社から転職してきた技術者。制御設計の即戦力として採用し、社内では〝救世主〞とまで呼ばれた松井裕斗の入社面談には高瀬も同席していた。あの時、わずかな違和感があった。即戦力すぎる。資料が整いすぎている。だが、受注数を取り戻したいと会社は飢えていた。捜査員を社内へと案内しながら高瀬は自問自答していた。焦燥は倫理を鈍らせてしまうのだろうか。

    サーバー室、役員室、開発資料が保管されている保管庫へと捜査員が一斉に散らばっていく。社員の視線が高瀬に集まる。「大丈夫ですか」「我々はどうなるんですか」高瀬は答えず、無言で首をわずかに上下する。広報は動揺を見せてはいけない職種だ。

    午前十時三分。

    松井...

この先の内容は...

広報会議』 定期購読者限定です

ログインすると、定期購読しているメディアの

すべての記事が読み放題となります。

購読

1誌

あたり 約

3,000

記事が読み放題!

この記事をシェア

この記事が含まれる連載

広報担当者の事件簿

「まさかのクライシス発生!あなたならどう対応する?」 小説で学ぶ、危機広報。

MEET US ON