長く愛されるシリーズ広告は、何を残し、何を変えることで受け継がれていくのか。1991年に始まった「JR SKISKI」は、休止や規模縮小を経て、2012年に本格的な再始動を果たした。本記事では、2012年以降、現在まで続く人気シリーズの原点となった当時の企画書を、企画を担当したジェイアール東日本企画のクリエイティブディレクター/コピーライターの山口広輝氏とともに読み解く。そこに記されていたのは、90年代に築かれたブランド資産を生かしながら、「今」のターゲットに刺さる広告へと更新するための設計だった。
ジェイアール東日本企画
クリエイティブディレクター/
コピーライター
山口広輝氏
主な仕事にJR東日本「JR SKISKI」「大人の休日倶楽部」「Suica RenaissanceVOL.1」「TAKANAWA GATEWAY CITY」、パーソルキャリア「doda」、ショウワノート「ジャポニカ学習帳」、ロシュ・ダイアグノスティックス「企業広告」など。TCC賞、TCC新人賞、ACC賞、ギャラクシー賞奨励賞、朝日・読売・日経・毎日広告賞・交通広告グランプリ優秀賞・新聞協会賞など受賞。
冬に、JR東日本の駅に掲出される、俳優の大きなビジュアルと短く印象的なコピー。「青春は、純白だ。」「ぜんぶ雪のせいだ。」といったコピーが書かれた広告を目にし、冬の訪れを感じていた人もいるのではないだろうか。
JR SKISKIは1991年に始まり、吉川ひなのを起用した1998-1999年シーズンを最後に一度休止した。2006-2007年シーズンに木村カエラを起用して一度復活した後、再び休止を挟み、2012-2013年シーズンに現在へとつながるシリーズが本格再始動した。
雪山への「行き方」ではなく「行きたい気持ち」を届ける
現在、JR SKISKIの企画を担当しているジェイアール東日本企画の山口広輝氏が、初めて同企画に携わったのは2006-2007年のシーズンだった。その後、2012年の本格的な再始動から現在まで、企画の中心を担っている。
「2011年の東日本大震災を受け、東北や新潟をはじめとする雪国を応援するために、もう一度JR SKISKIを立ち上げようという話になりました。そこで声をかけていただき、本田翼さんを起用した2012‒2013年シーズンのキャンペーンから、現在まで継続して携わっています」(山口氏)。
雪国を応援するという目的を達成するために、実際の送客へどう結びつけるか。再始動にあたって企画チームが目を向けたのが、将来のスノーレジャー市場を支える若者だった。“若者に向けた広告にする”という判断を支えたのは、スノーレジャーを経験した時期と、その後に雪山へ出かける際の心理的なハードルとの関係を示す調査結果だったという。
ある調査によると、大学卒業前までにスノーレジャーを経験した人は、未経験者に比べ、社会人になってから雪山へ行くことへの抵抗感が低かった。そこで、単年度の送客にとどまらず、将来のスノーレジャー人口を育てる「未来への投資」として、大学生を中心とする若者をターゲットに据えた。
「調査結果によると、大学卒業前、つまり社会人になる前にスノーレジャーを経験した人と、していない人とでは、社会人になってから雪山へ行く際の心理的なハードルに差がありました。社会人になると、けがへの不安や疲れなど、雪山に行かない理由が...

