コミュニケーションが生まれる空間 Vol.17 谷尻 誠氏

Creator File

  • センターラインアソシエイツ 松井るみ氏
  • トランジットジェネラルオフィス 岡田光氏
  • BOOK APART運営者 三田修平氏
  • 極地建築家 村上祐資氏
  • ツクルバ 中村真広氏/村上浩輝氏
  • 木村 英智氏
  • 豊嶋 秀樹氏
  • 木村 英智氏
  • SOLSO代表 齊藤 太一氏
  • 構造エンジニア 金田 充弘氏
  • スペースコンポーザー 谷川 じゅんじ氏
  • トラフ建築設計事務所
バックナンバー
  • 中目黒マドレーヌ店主 田中 真治氏
  • フラワーアーティスト CHAJIN氏
  • AuthaGraph代表 鳴川 肇氏
  • 昼寝城 店主 寒川 一氏
  • ランドスケーププロダクツ代表 中原 慎一郎氏
  • スタンダードトレード代表 渡邊 謙一郎氏
  • ブック・コーディネイター 内沼 晋太郎氏
  • 建築家 谷尻 誠氏
  • 茶人 木村 宗慎氏
  • 建築照明デザイナー 矢野 大輔氏
  • 音響演出家 高橋 琢哉氏
  • 一級建築士 中村 拓志氏
  • 建築家 加藤 匡毅氏
  • デザインチーム KEIKO+MANABU
  • 建築設計プロデューサー 小野 啓司氏
  • インテリア・エクステリアデザイナー 佐野 岳士氏
  • 建築家 木下 昌大氏
  • 建築家 猪熊 純氏
  • 大学教授 手塚 貴晴氏
  • 建築家 二俣 公一氏
  • 建築家 梅村 典孝氏
  • 建築家 長岡 勉氏
  • 建築家 平田 晃久氏
  • 建築家 迫 慶一郎氏
谷尻 誠氏 谷尻 誠氏

(たにじり・まこと)

建築家。Suppose design office 代表。1974年 広島生まれ。2000年 建築設計事務所Suppose design office 設立。住宅、商業空間、会場構成、ランドスケープ、プロダクト、アートのインスタレーションなど、仕事の範囲は多岐にわたる。広島・東京の2ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設など国内外合わせ現在多数のプロジェクトが進行中。現在、穴吹デザイン専門学校 特任講師 、広島女学院大学客員教授。http://www.suppose.jp

Presented by YKKap

“本質”を掘り下げて考える

 空間をつくる際は、本当のクライアントは誰なのかをまず考えます。言い換えると、誰のための、何をする場所なのか、という本質の部分から捕まえにいくということです。例えば、昨年手がけた「まちの保育園キディ湘南C-X 社会福祉法人伸こう福祉会」の場合、クライアントは子どもたちでした。世の中の保育園には親や保育士さんが主体のものが非常に多く、何歳児の部屋と区切って、その中で子どもたちを管理しているわけです。でも本当は、クライアントである子どもたちを主体に考えるべきなんです。パン屋であればパンが、本屋であれば本がクライアントかもしれません。コミュニケーションとは人と人の間だけにあるものではないんです。そして、いつも成人した大人だけがクライアントというわけでもない。

 この保育園で僕は「町の保育園」というテーマを掲げ「絵の部屋」「本の部屋」「水の部屋」「料理の部屋」といった、たくさんの小さな部屋を子どもの大きさに合わせて設計し、それを大きな空間の中にばらばらに配置したんです。区切られた空間の中で遊び道具を保育士さんから与えられるのではなく、町の中で子どもたちが自分たちで遊び方を発見するような、そういう空間です。例えば床に線路を書いたり、建物の外側を黒板塗装にしたりすると、それだけで子どもは遊びを発見します。

 ハードだけでなくソフトも、つまり空間の使い方も一緒に提案しました。考え方は同じで、「そもそも保育とは何か」ということです。建築には箱ものと呼ばれるものが多いですが、それはどういう使われ方をするかまで考えられていない、ソフト面を無視して作られたものが多いからです。

 僕が提案したのは、月に1度、地域に住む人たちを先生として保育園に招く、というものです。昔は町を歩いていると近所の怖いおじさんに怒られたりしました。教育とは呼ばれない、日常的な部分にも教育は介在していた。そんなちょっとしたコミュニケーションに、保育の本質があると考えたんです。今の子どもたちは、親と保育士さん以外の大人と会う機会がほとんどありません。地域の人々と自然に接することのできる機会を作ることで、まさにひとつの“町”のように、コミュニケーションが生まれる保育園になったんです。

“初めて”考えるように

 僕がよく言うのは、「名前を取って考えてみる」ことです。「保育園」とか、「住宅」とか、名前をとってしまう。住んで、食事をして、寝る場所があると、人はそこを住宅と呼びます。結局、行為が場所に名前をつけるんです。名前から入ると、もともとあるイメージに縛られて、本質が見えなくなってしまいます。

 家を作る場合は、「あなたにとって家とは何か?」ということをまず考えます。例えばワンルームと聞くと、一般的にはプライバシーが守れないという先入観があり、抵抗を感じる人も多いかもしれません。でもプライバシーが守れるならば本当はワンルームのような風通しのいい部屋がいいかもしれない。「ワンルーム」という名前にとらわれずに、本当はどういうところで生活したいと考えているのか、何に豊かさを感じているのか、そういったことから一緒に考えていきます。名前を取って考えてみることで、より本質的なところから考えることができます。

 「名前を取ってみる」ことと同様に大切にしているのが、「初めて考えるように考えてみる」ことです。これは哲学者の野矢茂樹さんが書かれた『はじめて考えるときのように』という本の影響なのですが、物事の本質をとらえるためにとてもいい考え方です。

 今年初めて自分の本を出したのですが、「そもそも本とは?」ということを考える、いいきっかけになりました。例えば建築だと、建物が建ったときが本当の完成ではなくて、人が住み始めて何十年か暮らし、そこに生活が存在することで完成する、という考え方ができます。本の場合もそれでいいのではないかと思い、実現しなかった「未完成対談」のページを作ったんです。セオリーで言うと、実現しなかったページはなくなるものなのでしょうが、本が出版されて何年か後に対談が実現し、版を重ねたときに改めて掲載し、完成する、そういう考えがあってもいいと思ったんです。

 あまり自分の得意分野を決めつけずに、初めてのことをたくさん経験していくのも、“初めて”の感覚を持ち続けるために大事なこと。これからも新しいことにチャレンジしていきたいと思っています。

「ブレーン」2012年9月号より

「ブレーン」のサイトはこちらから

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まちの保育園キディ湘南C-X
社会福祉法人伸こう福祉会

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まちの保育園キディ湘南C-X
社会福祉法人伸こう福祉会

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