3750年前のレビューからAI時代へ 顧客体験の未来を考える

公開日:2026年6月01日

  • 藤川 佳則氏(IMDビジネススクール)、白根 英昭氏(大伸社)

デジタル化による情報の非対称性の崩壊や、モノから体験への価値観のシフトは、企業と顧客のあり方を根底から変えた。市場が成熟し、製品やサービスのコモディティ化が進む今、企業には接点の最適化を超えた「価値共創」の視点が不可欠だ。本稿では、古代の粘土板からAI時代の到来までを俯瞰し、激変する環境下で守るべき本質と、目指すべき未来のCXを考察。IMDビジネススクールの藤川佳則教授と、CXデザインの第一人者である白根英昭氏が、マーケティングの変遷を紐解く。

3750年前のレビューからAI時代の価値共創へ

「あなたは私が注文した上質な銅ではなく、質の悪い銅を送ってきました。約束した日に届けなかった上に、私の使者を門前払いにして無礼に扱いました。もう二度とあなたとは取引しません」。

紀元前1750年、古代バビロニアの商人に宛てられた粘土板が、イラク・ウル遺跡から発見されている。スマートフォンもインターネットもない時代に、ナンニというひとりの顧客が粘土板というメディアに苦情を刻み込んだ。楔形文字で刻まれたその内容は、まるでECサイトのレビュー欄を見ているような錯覚に陥る。

この3750年前の声は、現代の星一つレビューと本質的に何も変わらない。品質への失望、約束の軽視、そして何より人間としての尊厳への配慮の欠如に対する怒りが込められている。テクノロジーがどれほど進歩しても、人間が求める本質的な体験は、時代を超えて変わらない。

では、企業はこの変わらない欲求に対して、どのように応えてきたのか。その変化を辿ることは、マーケティングにおけるCX(顧客体験)の本質を問い直すことでもある。

ナンニの石板

1953年から大英博物館(The British Museum)に所蔵されている「エアナーシルへの苦情粘土板」。高さ11.6cm、幅5cmほどの手のひらサイズの粘土板に、楔形文字で苦情が刻まれている。

Photo by ジェニ, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, viaWikimedia Commons

CXはどのようにマーケターの仕事になったか

20世紀のマーケティングは、価値は企業が製品やサービスに埋め込んで提供するものだという前提に立っていた。1985年のAMA(米国マーケティング協会)の定義では、マーケティングは「交換を創造するために、アイデア、財、サービスの構想、価格、プロモーション、流通を計画・実行するプロセス」であり、企業から市場への一方向の営みとして位置づけ...

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