【あらすじ】
創立35年を迎えるUDeTAのシンガポール法人で起きたデータ流出事件。15社、計122万3027件の流出が明らかになった。同じ頃、ハッカー集団から身代金の要求があった。システムを守り切れるかどうかはかつてホワイトハッカーだったスタッフにかかっている。そして現地にいる坂垣祐介のもとにメディアが訪れる。

企業は誰に謝るのか
データの検証作業が終わった。15社、計122万3027件。坂垣祐介が昨日の対策会議で聞いた情報からさらに約一万件多いデータ流出が確認された。
企業の心臓部ともいえる研究機密、営業機密の流出。UDeTAの信用は地に堕ちようとしている。創立から35年。現社長を務める川野辺龍地の父・龍弥が起こした会社は窮地に追い込まれていた。
「They are demanding a ransom(ハッカー集団が身代金を要求している)」シンガポール人スタッフのシステムエンジニアからアジア本部データ処理センター長の大城巧に報告が入った。大城が唇を噛む。機密情報を流出させたうえに身代金を要求するとはどういう了見だ。だが、怒りを表現したところで通じる相手ではない。
「本社と協議するしかないですね」隣にいる坂垣に顔を向けた。坂垣は壁掛け時計に目をやる。シンガポールは朝の4時半を過ぎたところだった。「日本は5時半か」“動きがあったら連絡をくれ”と言った広報部長の武嶋良悟が会社にいるはずだ。坂垣が電話をかけると、武嶋はすぐに出た。
「坂垣です。至急打ち合わせ願います」「動いたか」「身代金要求がありました」「ふぅ……」武嶋の吐息が聞こえてくる。「その後メディアの動きは?」「あれからはないですね」
昨夜、コーヒーを買いにビルの通用口から外に出たとき「UDeTAの方ではないですか?」と声をかけられた。瞬間、記者だと直感した。「ちょっと用事があるので……すいません。失礼します」怪訝な表情をつくりながら速足でコンビニに入り、大城に電話をかけて記者らしき男が通用口にいることを告げ、別の入り口を教えてもらった。
「波瀬さん、駒形さんも会社で待機している。すぐにオンラインでつなぐから5分待ってくれ」
危機管理担当役員の波瀬尚士、海外事業部長の駒形祐作を交えた打ち合わせが始まった。「身代金……」駒形の声が少し震えている。「社長には連絡した」波瀬が表情を変えずに言う。「突破の可能性は?」「半々です……」大城が...