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広報担当者の事件簿

危機意識の低下を防ぐための視点

    買収後にその姿を現した“土壌汚染”という名の影〈後編〉

    【あらすじ】
    五国繊維が兵庫化学から買収した姫路工場の敷地で、殺虫剤に含まれるメチルパラチオンが検出された。本社広報部の会沢琢也が現地の総務部長・江中文彦から聞き取りを行っている最中、暁新聞姫路支局の和田元太が取材に訪れる。さらに会沢は、異変を発見した警備員の山嵜光太郎から、新たな事実を聞くことに。

    膿を出し切るために

    会沢琢也が江中文彦に手を伸ばし、電話を自分に替わるよう告げる。渋面をした江中が手渡す。通話は切られていない。「広報の会沢ですが」「あ、さきほどの」異臭を発見した若い警備員だった。左胸のネームプレートには山嵜と書いてあった。「暁新聞姫路支局の和田さんが取材したいと。名刺を出されています」「これからうかがいます。その場でお待ちいただくよう伝えてください。構内には入らせないでください」

    役員たちの責任の擦り付け合いに辟易している会沢は最近、年齢と責任感は反比例するのではないかと考えるようになっていた。山嵜に接していると清々しくも責任感をもって仕事をしていることがよく分かる。いち早く異臭を発見したこともうなずけた。「承知しました。こちらで止めておきます」山嵜が小気味いい声で応対してきた。

    「私が対応するんですか?」喉の奥がカラカラに乾いたような声で、江中が不満そうな顔を向けてくる。「私が対応したら、それが答えになってしまいますよ」一呼吸おいて会沢がこたえる。それも理解できないんですか⋯⋯言葉にしたいがぐっと堪える。今この場に本社広報がいること自体、不自然なのだ。うかつに会沢が対応すれば、公式発表前にメディアスクラムに発展しかねない。

    「江中さん。総務部長であるあなたが対応しないで誰が対応するんですか」「なんと説明すれば⋯⋯」席を立った江中が落ち着きなく会議室を左右に歩く。

    「まずは、先方の要件を訊いてください。次に情報の深度を訊く。それからこちらの説明を行ってください。ただし、一日も早く工場の安定稼働をはかる途上であり、工場内を案内することはできない。そう説明してください」「土壌汚染について訊かれたら?」「買収前の事前調査を行っており問題ないと考えているが、今後、問題等を発見した場合は適正に対処していく。そう記者には言っておいてください」。万が一を考え、姫路工場に来る前、広報部長の前橋信三と“回答ぶり”は打ち合わせていた。

    「それで納得してくれるのかなあ⋯⋯」納得させるのがあんたの仕事だろうが!と言いたかった。江中という男は自分の役職に自覚がなさすぎる。こんな男が総務部長とは情けない。「納得してもらう必要はありません。こちらの姿勢を説明してください。何を訊かれても同じことを繰り返してください」江中の不安な表情は消えない。「それでも帰らなければ、広報に問い合わせてください、と伝えていただいて構いません」会沢が言うと、初めて江中の表情が緩んだ。

    江中によれば、会沢の指示通りに説明すると和田は理解して帰ったらしい。三十分ほど前のことである。名刺のコピーには「暁新聞姫路支局記者和田元太」と書かれていた。「またおうかがいします、そう言っていました」念のため警備員室に足を運び、山嵜にも和田が去るときの様子を確認した。理解はしたが納得はしていないということか。「そんな表情に見えました」山嵜の率直な感想だった。若いがしっかり観察しているなと会沢は感心する。

    「今ちょっと時間がないけど、改めて話を訊かせてくれませんか」「いいですよ。例の場所のことですね」頭の回転も速い。以前にどこかで経験があるのだろうか。江中ではなく彼に対応してほしいと脳裏をよぎる。「あの場所だけじゃないですからね」「え、どういうこと?」「総務部長に報告があがっていると思いますが⋯⋯」詳しく訊こうとしたが会沢の携帯が振動した。またあとで来ますと言い添えその場を離れる。和田の携帯番号からだった。

    「見学させていただくわけにはいきませんか」和田が電話越しに会沢に要望する。「工場内は企業秘密だらけでして、見学は行っていないんです」「兵庫化学のころから土壌汚染の噂は絶えなかったんです。御社の責任ではなくこれは兵庫化学の怠慢ですよ。買収前に御社が土壌汚染を発見できなかったのは失態かもしれませんが⋯⋯。このままでは隠ぺいしていたのは御社ということになってしまいます。それでいいんですか」和田が淀みなくたたみかける。

    「工場見学をしたいわけではない。私は事実を伝えたい、それだけです」和田の誠実な姿勢に思わず事実を漏らしそうになるが、江中への指示と同じ説明を繰り返す。和田は納得していない。「そうですか⋯⋯。またお電話させていただきます」通話を終え、静かに息を吐く。

    「どうでした」同行してきた部下の浅野美香が訊いてくる。「当然納得していない。またかけてくるそうだ」近くでやりとりを聞いていた江中がうなずく。「そうでしょ?あの記者、つかんでますよ」「そこまでは分かりません。ブラフかもしれない」「わざわざ会沢さんに電話をかけてきたほどだ。絶対につかんでいる」...

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