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広報担当者の事件簿

危機発生時にすべきこと どんな場面でも広報は俯瞰的に

    患者の生命を奪う治療薬 迫る会社転覆の危機〈前編〉

    【あらすじ】
    仙台総合病院に入院していた早瀬直志の容体が急変。担当医師の荒木田修は、急変の理由を解明するため独自に治療薬の成分検査を行う。結果は、にわかには信じられないものだった。知らせを受けた販売元の太平洋製薬は、製造元のパルテン製薬に検査を依頼。広報部長の清川勇作は最悪の事態に備えて動き出すが……。

    「鳴り響く命のブザー」

    ──午後九時〇九分

    「今夜も静かだね」滝野めぐみが、カルテの整理をしながら壁の時計に目をやる。「呼び出しもないしね」看護師の間では命のブザーと呼んでいるが、病室に備えられているナースコールはここ数日鳴っていない。越本美咲が柔和な表情をつくる。呼び出しがない嬉しさではなく、患者の容態が安定していることへの安堵感が強い。ブーッというあの低音がナースセンターに響く瞬間、身体が強張ってしまう。何度聞いてもあの音は好きになれない。

    「このまま朝になってくれればいいけど」「今夜もそうあってほしいね」滝野が右手の親指を立てながら笑顔をつくる。専門学校時代からずっと仲のいい二人は、卒業後、運よく新人看護師として仙台総合病院に就職できた。五年目になり後輩の指導も少しずつ任されている。

    「巡回に行ってくるね」容態が急変している患者はいないか一つひとつ病室を見てまわることも大切な仕事だ、と看護師長から何度も訊かされてきた。「夜勤のときは特に丁寧に」越本は巡回に向かう滝野の後ろ姿に呼びかける。「バーイ 師長」聞き慣れた挨拶に振り向いた滝野が笑顔で返した。

    ──午後九時二十三分

    「そろそろ戻ってくるころね」越本が左の手首に視線を落として時間を確認する。夜勤は二人一組でシフトが組まれ、二組に分かれて翌朝まで患者を見守る。今夜の別の組はどちらも母親ほど歳の離れたベテランナースだった。

    ブーッブッブッ、ブーーーッ。ナースセンターの静寂が破られる。命のブザーだった。壁に嵌めこまれている病室番号に近寄り確認する。患者が呼び出しボタンを押すと、ブザーの音とともに病室番号ランプが点灯する。"315"。

    滝野が小走りに戻ってきた。「どこ?」と言いながら点灯している病室番号を確認する。「早瀬さん」「熟睡してたけど」「初めてね」「そうだね」病室に繋がる廊下を小走りになりながら二人は会話を重ねた。早瀬直志という患者は、長期の治療を迫られる重い腎臓疾患で入院して三十五日が経っていた。これまで夜に限らず日中でもブザーを鳴らしてきたことはなく、人柄も真面目だった。二人の緊張感が高まる。

    「俺としたことが寝ぼけて押してしまった。ごめんごめん」と言う早瀬の姿を二人とも願っていたが、通じなかったようだ。病室のドアを開けると、腹部を押さえて苦しむ早瀬の姿が目に飛びこむ。「早瀬さん、大丈夫ですか!早瀬さん!」越本が駆け寄り呼びかける。「めぐみ、先生呼んで」「いま呼んでる」滝野がすでに携帯電話を耳に当てている。「いま先生が来ますからね!」早瀬の顔は苦痛に歪み、越本や滝野の声に反応できない。呼吸が荒くなり脈拍も早くなっている。

    「どんな状況だ」数分後、担当医師の荒木田修が駆け込んできた。聴診器を胸部から腹部に当てていく。「カテーテルの準備だ」荒木田の指示より早く滝野が駆け出す。越本は荒木田のサポートにつかなければならない。まずは早瀬の体内から体液を排出させるだろうと先読みしていた。「持ってきます!」駆け出した滝野が答える。「急げ!」荒木田の声が静寂を引き裂いた。

    ──午前三時五十五分

    赤く点灯していた表示が消えた。手術室からストレッチャーに乗せられた早瀬が運び出される。「あなた!」容態急変の連絡を受けた早瀬の妻が手術中に駆けつけていた。傍らには息子と思しき青年が寄り添うように立っている。

    「無事に終わりました。眠っていますからそっとしてあげてください」越本美咲が優しく声をかけると、妻と息子が同時に頭を下げる。脱力したのか妻がストンとイスに腰を下ろし「昨日は元気だったのに……」声を震わせながら呟く。

    「父さんは本当に大丈夫なんでしょうか」「もう心配ないんでしょうか」と息子が繰り返す。「先生から詳しい説明がありますから」としか返すことができない。「大丈夫ですよ」と言ってあげたいが立場上言えないもどかしさがある。

    もっとも、手術をしたというより処置を施したといったほうが正確だった。腎臓が弱っているわけでも症状が悪化したわけでもない。原因はほかにあった。

    ──午前八時四十五分

    早瀬の容態は明らかにおかしかった。薬の副作用としか考えられない。荒木田は手術後、病院内にある検査機を使って治療薬の成分検査を独自に行った。結果はすぐに出た。投与すべき濃度の六倍の薬が投与されていた …

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