オフィス回帰の動きが広がる一方、単に出社を促すだけでは組織の活性化にはつながらない。人が集まり、対話し、意思決定する場としてのオフィスについて、オフィスの移転・改修を支援するディー・サインの今村剛氏に聞いた。
「働く場所」から「創造する場所」へ
─オフィスという場の役割は、これまでどのように変化してきたのでしょうか。また、今、オフィスにはどのような役割が求められるようになったのでしょうか。
オフィスの役割は、時代によって変化してきました。20世紀後半は情報を集約し、管理・監督する場という意味合いが強かったですが、2000年前後からは知的生産を支える場へ、そしてコロナ禍をきっかけにリモートワークやハイブリッドワークが一気に普及し、現在は「創造する場」としての価値が重視されていると感じています。
コロナ禍を経てリモートワークが普及した一方で、多くの企業で課題も見えてきました。「イノベーションが生まれにくい」「人材育成が難しい」「意思決定のスピードが落ちる」「企業カルチャーが形成しづらい」といった問題です。
その結果、最近では再びオフィス回帰の動きが出てきています。もちろん、前の状態に完全に戻るわけではありません。ただ、人が集まり、化学反応を起こすことで生まれる価値はある。だからこそ今、オフィスは単なる作業場ではなく、人が対話し、創造する場として再定義されているのだと思います。
─作業場を超えて、人同士の対話によって新たなものが生まれる場になってきた、ということですね。
そうですね。私は、理想的なオフィスとは「精神的なよりどころ」でもあることだと思っています。そうあることでそこに集う人たちが、自然と自社らしさや帰属意識を感じられるようになり、社内コミュニケーションだけでなく、採用や人材育成にもよい影響を与えると思います。
そうして醸成されたカルチャーが経営メッセージを体現し、オフィスそのものが企業の価値観を伝えるメディアにもなります。企業が何を大切にしているのかを、社内外に空間を通じて発信する役割も求められていると思います。
目的なきオフィス刷新は機能しない
─フリーアドレスやカフェスペースを導入しても、うまく機能しないケースもありますね。
例えば、「他社がやっているから自社もフリーアドレスにしたい」というケースもよくありますが、うまくいくことは正直ほとんどないと思います。
重要なのは、「なぜ、このプロジェクトを進めていくのか」という目的を見失わないことです。人員増で席数を単純に増やしたいのか、拠点統合などでチームごとの縦割りを破りたいのか、リブランディングのタイミングでイメージ変革をしたいのか、まずはその時の経営判断の意図を理解、整理する必要があります。
また、国民性や企業カルチャーも大きく影響すると思います。
海外企業ではレクリエーションスペースや仮眠室などを設けるケースもありますが、日本企業にそのまま持ち込んでも機能しないことが多いです。なぜなら国民性や企業カルチャーが違うからです。
結局、オフィスのデザインは完全にオーダーメイドだということです。その会社がどの方向へ向かいたいのか、どんな課題を抱えているのかを理解せず、表面的なデザインだけを模倣しても意味はありません。
─オフィスのリニューアルや移転を考える企業においては、どのような課題を感じていることが多いのでしょうか。
企業によって多種多様ですが、基本的には部門間の分断、生産性の低下、エンゲージメントの低下、意思決定の遅さなどが多いですね。
リモートワークが増えたことで、メンバーの状況が見えにくい、信頼形成が難しいという悩みも出てきます。
また、若手育成の難しさを挙げる企業も多いです。偶発的に学ぶ機会が減ってしまった、という話はよく聞きます。
だからこそ、企業にとってのオフィスの存在意義や「どんなコミュニケーションを生みたいのか」を考えながら空間をデザインする必要があるのだと思います。
行動を変えるのは「環境」
─オフィスによって人の行動や意識を変えるために、どのような工夫をされているのでしょうか。
私たちは、「環境が変われば行動が変わり、行動が変われば意識が変わる」という考え方を大切にしています。持続的な企業の成長にはこのスパイラルアップが重要だと思っています。環境の変化は社員の行動変化を導き、やがて新しい意識を形づくります。新たな環境づくりの手法として、我々はまず社員の意識や行動をどう変えるべきかをクライアントと共に考え、そこから逆算して環境をつくるアプローチをとっています。
最初の段階で重要なのは現状、人がどのように働き、どう動いているのかをよく観察、計測することです。
1日の行動を見て、どういった場所をいつ、誰と、何人で使っているのか、どんな場所が使われているのか、もしくは使われていないのか。そうした行動を観察しながら、そこで見えてきた課題感を基に新たな施策を“妄想”しながら動線や環境をデザインしていきます。
─具体的には、どのような設計に落とし込むのでしょうか。
あえて、社内での偶発的な出会いを誘発するために、近接性が求められる部門同士を遠ざけたり、必要なものや場の数を減らして配置することがあります。必要なものや場が身近に揃っていると、人は動かなくなります。でも、それらが遠くにある場合、いずれにせよ必要なのであれば半ば強制的にでも歩くことになり、その動線が有機的であればあるほど偶発的なコミュニケーションが生まれることがあります。
大切なのは、最初は必要に駆られてとっていた行動によって、コミュニケーション上も業務上もよい流れができ始め、その体験を基に人が自然と行動したくなる環境をつくることだと思います。
対話や偶発的なコミュニケーションを生み出す場として設計されたディー・サインのオフィス。
「完成」ではなく「スタート」
─空間は、つくって終わりではないともいえるでしょうか。
はい。むしろ完成した瞬間がスタートだと思っています。場としては完成していますが、そこで完結しているわけではなく、塗り絵の下絵のように引き渡し時がまさにスタートという感覚です。
だからこそ、利用者自身が自ら試行錯誤し、改善しながら自走できる運用と、自ら彩りを加え、育てていける余白を残すことが重要になります。
例えば、たまに我々が想定していなかった場の使い方が生まれることもありますが、それはむしろポジティブな状態だと思っています。特定の用途に限定しすぎると、使われなくなった瞬間に空間自体が機能しなくなってしまいます。
そのため、フレキシビリティや余白を持たせることが非常に重要なのです。
─運用面では、どのようなことが重要になりますか。
「なぜ、この場をつくるのか」を経営層が丁寧にメンバーに共有することです。知らないうちに移転が決まり、突然新しい環境に放り込まれても、人はうまく使いこなせません。
ですから、プロジェクトの目的や、この場所でどんな働き方をしてほしいのかをプロジェクト期間中にきちんと発信していく必要があります。
オフィスはつくることよりも、有意義に使われ続けることの方が難しい。有意義に使うには、利用者自身が主体的に関わりながら空間を育てていくことが大切なのだと思います。
AI時代にこそ「人が集まる意味」が残る
─最後に、今後のオフィスの役割はどうなるでしょうか。
今後、ルーティンワークや事務処理は、ますますAIが担うようになるでしょう。一方で、判断や意思決定、価値観の共有は、人間に残る領域です。
AIが支援する領域は広がっても、最終的に方向性を決めるのは人間です。そして、その思考や意思決定は、人と人とのコミュニケーションと切り離せません。だからこそ、これからのオフィスには、人と人が対話し、共感を生み、意思決定を行う場としての役割が、より強く求められていくのではないでしょうか。何かを感じる体験こそがオフィス空間だけではなく、すべての生活空間において重要です。
単に働くための場所ではなく、「この会社は何を目指すのか」を共有する場。その意味で、オフィスの重要性は、これからさらに高まっていくのだと思います。
今村 剛(ディー・サイン 取締役)
いまむら・ごう 九州芸術工科大学(現:九州大学)芸術工学部卒業後、ゼネコンで建築設計に従事したのち渡英。ロンドン芸術大学でインテリアデザインを学ぶ。2013年にディー・サインに参画し、2016年に取締役就任。外資系企業のオフィスデザインに数多く携わる一方、プロダクトデザイン、施設の企画など、多岐にわたり活動領域を広げている。

