吉村洋文大阪府知事と、引地耕太さん。X上で生まれた2人の交流をきっかけに、2025年11月、大阪府の行政トップ×クリエイターという異色の対談が実現した。準備段階では逆風に直面しながらも、開会後は「ミャクミャク」や「こみゃく」を筆頭に多くの人々を巻き込んでいく結果となった、今回の万博。その中でデザインが果たした役割を吉村知事はどう捉えていたのか。さらに万博で生まれたデザインや文化を、これからの社会にどう活かしていけるのだろうか。
「万博会場に行くとなぜワクワクしたのだろう?」
吉村:正直に言うと、僕は引地さんのお名前よりも「こみゃく」を知ったのが先だったんです。万博会場に入ると、いろいろなところに「ミャクミャク」の変形版(こみゃく)がいるなと。さらに東ゲートと西ゲートにはミャクミャク像。しかもポーズが「いらっしゃいませ」と手を広げた「ワクワク」で、「これをつくった人、誰やろな?」と思っていました。
引地:僕が大阪・関西万博に関わるようになったのは4年ほど前のことです。まずは「デザインシステム」をつくって、その後会場のドレッシング(装飾)やサウンドスケープのディレクションもさせていただきました。「ミャクミャク」は山下浩平さんがデザインされたものですが、僕らはそれを会場装飾のために受け継いで「ミャクミャク像」をデザインしています。「いらっしゃいませ」は、日本らしいお出迎えをしたいと思い福助人形をモチーフに制作したんです。
吉村:この像の前で皆が写真を撮ってSNSにアップしていましたよね。西ゲートの「わくわくミャクミャク」もフォトスポットでした。
引地:そうなんです。「大屋根リング」に触る「リングタッチポーズ」と呼んでいて、まさに真似をしてほしいと思ってつくりました。会場の動線もあるので、写真を撮ったときに一枚絵になるように、置く場所は何度も検証しましたね。
吉村:この2体のミャクミャク像は、大阪の街でこれからも大切にしていきたかったので、大阪府で落札したんです。「知事、1体でいいですか?」「あかん、2体とも」って(笑)。11月29日に開催したミャクミャク像の「旅立ちセレモニー」には大阪府民の皆さんから約16万7000の応募があって、愛情の深さを改めて感じました。
引地:僕も吉村さんにご招待いただいて。そこで初めて、吉村さんは僕のことを知っていたんだと驚きました(笑)。
吉村:ちなみに改めて聞きたいんですが「こみゃく」ってどういう経緯で生まれたんですか?
引地:デザインシステムのプロポーザルのときには、すでにシマダタモツさんがデザインされたロゴは決まっていて、その一部を切り出したものを「ID」と名付けました。IDが成長して進化して生態系をつくっていく……という提案をしたんです。
吉村:なるほど、正式名称は「ID」、通称「こみゃく」ですね。フラッグやフェンス、地面や壁など、会場の中...

