インターネット広告市場を牽引した
広告自動取引(プログラマティック)
早いもので、私が本OOHコラムを担当してから今回で41回目を迎えた。41という数字は私にとって思い出深い数字だ。当時勤めていた広告会社で営業として初めて担当したクライアントが、日本国際通信(略称ITJ、現ソフトバンク)。当時は国際電話をかける際に、通信会社ごとに割り当てられた国際自動ダイヤル通信用アクセス番号を入力しなければならず、そのアクセス番号の認知が、即売上に直結する。ITJのアクセス番号は0041だったため、この41という数字を徹底的に認知させることが仕事だったからである。
企業がWebサイトを立ち上げたというだけで新聞に報じられていた時代にITJの公式サイトの立ち上げ※1に携わり、ほぼ同時期に日本でも市場が形成され始めたインターネット広告に、黎明期から携わってきたことになる。
※1:1996年4月1日にITJ公式サイト開設...
