「PR」の定義は、時代とともに変容し続けている。2000年代の「戦略PRブーム」から、SNSによる広告とPRのボーダレス化を経て、現在は生成AIが世論形成に関与する新たな局面を迎えた。激変する情報環境の中で、企業はいかにしてステークホルダーと信頼を築くべきか。桜美林大学の西山守准教授が、メディアの変遷からPRの本質を解説する。
「露出」から「世論形成」へ デジタルの波が変えたPR
筆者が広告業界に足を踏み入れたのは1990年代後半だが、現在に至っても「PR」の解釈は業界や人によって異なり、つかみどころがない。しかも、定義や解釈もコロコロと変わっていく。逆に言えば、捉えどころがなく、変化が激しいところが、PRの特徴と言って良いだろう。
2000年代前半頃までは、マーケティングの世界でのPRは「メディア露出(メディアに取り上げられること)」に主眼が置かれていた。そしてその効果は、メディア露出(報道)を広告費に換算し、「○○円相当の効果があった」と判定していた。
大きな変化が訪れたのは2000年代の半ば以降だ。この辺りから「戦略PRブーム」が巻き起こるが、ブームの背景にはデジタル化の進展がある。例えばWeb記事、SNS、動画の存在が無視できなくなった。特に、SNSの口コミの影響力は年を追うごとに大きくなっていった。
この時期、デジタルに強いPR会社が台頭してきたが、2009年に代表的企業の創業者の著作『戦略PR 空気をつくる。世論で売る。』(本田哲也)、『WebPRのしかけ方』(太田滋)が出版されている。これらは戦略PRを捉え直す試みと言えるだろう。
それと前後して、大手広告会社の社員が『明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法』(佐藤尚之)、『使ってもらえる広告 「見てもらえない時代」の効くコミュニケーション』(須田和博)といった書籍を出版している。広告においても「メディアの広告枠を買って発信する」という狭義の広告を超えた新しい広告のあり方が模索されるようになったのだ。
本田氏の著作では、マーケティングにおける戦略PRを「売れる空気(カジュアル世論)」を醸成し、売上につなげる手法として捉えているが、現在でも通用する解釈となっている。
ボーダレス化した2010年代 「バズ動画」もあちこちに
2010年頃から、ペイド(広告)、オウンド(自社サイト・自社SNSアカウントなど)、アーンド(SNS、メディア報道などの第三者が発信するメディア)の3つのメディアを相互に連携させ、コミュニケーション効果を最大化させる「トリプルメディア・マーケティング」がさかんに唱えられるようになった。
戦略PRが対象とする範囲は、アーンドメディア全体に広がっただけでなく、オウンドメディアも含まれるようになった。さらにはペイドメディアとも有効に連携させることが求められるようになったのである。
その後、2013年から2014年にかけて、コンテンツに自然に溶け込む形式で広告が表示される 「ネイティブ広告」がブーム化した。これは「広告とPRのボーダレス化」を象徴する動きだったと言える。
動画マーケティングが盛んに行われるようになったのもこの頃だ。特に、動画を起点に話題を拡散させる「バズ動画」がブームとなった。2014年には「アイス・バケツ・ チ ャ レ ン ジ(Ice Bucket Challenge)」がブームになり、2015年にはNTTドコモの「3秒クッキング」、資生堂の「High School Girl?」が公開されて話題を呼んだ。
2011年の東日本大震災をきっかけに、日本では社会意識が高まり、企業の社会活動も加速した。戦略PRにおいても「社会課題の解決」という役割が重視されるようになっていった。
2010年代後半に入ると、戦略PRブームは沈静化したように見えるが、むしろ「当たり前のものとして定着した」と言うべきだろう。2019年にトヨタ自動車がオウンドメディア「トヨタイムズ(ToyotaTimes)」を開始、CM、自社サイト・SNSアカウント、YouTube動画などを通じて、自社の情報を多面的に発信している。本事例が示すように、組織のマーケティング・コミュニケーションにおいて、PR的な発想を中核に据えて、各施策を展開していくという動きが定着しているのだ。
2020年に入ると、YouTubeのショート動画やTikTokなどの動画メディアが普及し、情報拡散のスピードが加速した。合わせて、SNSが世論形成に与える影響力も増大していった。2022年の参院選、2024年の東京都知事選・兵庫県知事選、2026年の衆院解散・総選挙を見ても、候補者や支持者が動画やSNSを積極的に活用すると同時に、SNSの論調が選挙結果に影響を及ぼす状況になっていることがうかがえる。
一方で炎上、誤情報の拡散の問題も深刻化している。そうした中で、戦略PRにおいて「正しい情報を浸透させる」、「より良い評判を醸成させる」という役割が重視されるようになっている。しかし、もはやそれは企業側から一方的に情報発信するだけでは達成することはできない。日本広報学会が2023年に策定した広報の定義の言葉を借りれば「多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーション」によって、はじめて実現されるものとなっている。
マーケティング活動においても、企業主体でファンコミュニティを運営したり、顧客とコラボレーションしたりする手法が浸透してきている。2023年に味の素冷凍食品が「冷凍餃子がフライパンに貼り付いた」という顧客のSNS投稿から「冷凍餃子フライパンチャレンジ」という取り組みを始めたが、顧客とのコラボレーションによって課題を解決していく動きも加速している。
最近では「ミーム(meme)」、すなわちネット上で流行している画像・動画・フレーズをプロモーションに活用する手法もトレンド化している。2010年代にトレンド化した「バズ動画」の再燃のように見えるが、ネタ元はネット上に存在しており、それを企業が拾い上げているという点が異なっている。
では、今後はどうなっていくのだろうか?仕事や勉強で生成AIを活用するのはすでに日常化しているが、今後浸透していくのが、消費者が購買行動で生成AIを活用していく動きである。企業は「AIネイティブ」である消費者に有効にアプローチしていくことが求められるようになるだろう。SNSが世論形成に影響を及ぼすようになったように、今後は「AI空間」の出力が世論形成や社会での合意形成に大きな影響力を及ぼすようになっていく。これから 戦 略PRは 生 成AIの 浸 透 によって、さらなる変革を遂げることになるだろう。
桜美林大学
ビジネスマネジメント学群
准教授
西山 守 氏
19年間電通に勤務。2021年より現職。専攻は、広告・マーケティング論。特に、SNSマーケティング、戦略PR、リスク広報に関しては、会社員時代から重点研究領域としている。

