リキッド消費×AIエージェントがもたらす 囲い込みの終焉と顧客の解放

公開日:2026年6月30日

  • 久保田進彦氏(青山学院大学)

顧客と、どのようなリレーションシップ(関係性)を構築するかは、マーケティングの根幹的な課題。リキッド消費の浸透とAIエージェントの普及によって、この課題はいま転換点を迎えている。本稿では、「顧客をいかに囲い込むか」ではなく、「顧客にいかに選ばれ続けるか」を戦略的な観点から、青山学院大学経営学部教授の久保田進彦氏が解説する。

AIエージェントによる顧客の解放がはじまる

多くの企業が、ポイントプログラム、メンバー制度、専用アプリ、サブスクリプション、独自経済圏などを通じて、顧客との接点を確保しようと努力しています。これらは顧客を維持するために一定の効果を発揮してきましたが、単に「離反しにくくする仕組み」として設計されているならば、今後は十分に機能しなくなる可能性があります。

その理由のひとつが、テクノロジーやAIの進化です。AIエージェントが普及すると、消費者は自分ひとりでブランドを探し、比較し、選ぶ必要が少なくなります。AIエージェントが、消費者の置かれた状況とブランドの特性を照らし合わせ、候補を絞り込んでくれるようになるからです。

企業が顧客を自社のアプリや会員制度の内側に閉じ込めようとしても、消費者は手間をかけずに比較を行い、複数のサービスを使い分けるようになるでしょう。いわば、AIエージェントによる顧客の解放です。

これまで多くの企業は、顧客とのリレーションシップを「行動的ロイヤルティ」として捉えてきました。すなわち、顧客が繰り返し買っている、継続して使っている、退会していないといった行動をもって、関係が構築されていると考えてきたのです。しかし、こうした顧客は、ブランドに対して必ずしも愛着や共感を抱いているわけではありません。選択の自由度が高まり、乗り換えの手間が小さくなれば、囲い込みは、もろく崩れる可能性があります。

歴史を振り返ると、1980年代後半から始まったリレーションシップ・マーケティングでは、顧客を尊重し、友好的で安定的な関係を築き、その関係を通じて価値を共につくっていく方法が検討されてきました。

ところが1990年代後半に、コンサルティング会社がCRMという概念を提唱し始めてから、状況が変化し始めました。いかにして顧客を囲い込み、利益を最大化するかが、顧客リレーションシップ・マネジメントの主要課題だと考えられるようになったのです。顧客経験の代表的文献であるLemon and Verhoef(2016)は、このことを鋭く論じ、CRMとは顧客との関係から価値を「絞り出す」技術だと指摘しています。

CRMの登場から30年近くが経った現在、テクノロジーやAIの進化は、こうした硬直化したCRMの考え方に再考を促しています。マーケティングの方向性を、「囲い込み」から「選ばれ続けるブランド」にシフトする必要性が示唆されているのです。

この問題を、リキッド消費の浸透と結び付けて考えてみましょう。リキッド消費とは、短命で、アクセス・ベースで、脱物質化した消費のことです。「短命性」とは、価値の寿命が短くなることを意味します。消費者は、その時々の文脈に応じて、テンポよく製品やサービスを乗り換えていきます。「アクセス・ベース消費」とは、所有しなくても価値にアクセスできればよいという消費です。レンタル...

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