「ネット生保」の市場をゼロから切り開き、今年経営の第一線から退いた出口治明氏。認知と信頼を得るために「やむなく」始めた情報発信は、今や大きなうねりとなって会社のブランドを下支えしている。

ライフネット生命保険 創業者
出口治明(でぐち・はるあき)氏
1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業後、72年、日本生命保険入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て退職。2006年、ネットライフ企画を設立し社長就任。08年4月、生命保険業免許取得とともにライフネット生命保険に商号変更。13年から会長。17年6月に退任。同年、企業広報賞(経済広報センター)「選考委員会特別賞」受賞。

[聞き手]
社会情報大学院大学 学長 上野征洋(うえの・ゆきひろ)
日本広報学会副会長、静岡文化芸術大学名誉教授。2012年、事業構想大学院大学副学長を経て現職。内閣府、国土交通省、農林水産省などの委員を歴任。早稲田大学卒、東京大学新聞研究所(現・大学院情報学環・学際情報学府教育部)修了。
信頼を得ずして生き残れない
上野:今年度の「第33回企業広報賞」(経済広報センター)で、選考委員会特別賞に選ばれました。積極的な情報発信の賜物だと思います。日ごろから心がけていることはどんなことでしょうか。
出口:シンプルですが「正直に話す」ことです。聞かれたことは何でも、知っていることはすべて正直にお話しするようにしています。「保険料を半分にして、若い人たちが安心して赤ちゃんを産み育てられる社会を創りたい」という考えから、2006年にこの会社を立ち上げました。当初、「ネット証券やネット銀行が世界にあるので、ネット生保も先行モデルがあるはず。それを真似すればいい」と思っていたのですが、いくら調べても見つかりませんでした。
証券や銀行はクリックしたら取引が完結しますし、自動車保険は1年単位の契約なので気楽に買えます。でも生保は長期の買い物なので、信頼できない会社の商品を誰も買ってくれない、とその時気づいたのです。結局、会社の信頼をゼロから獲得していくところから始めることになりました。
その時ヒントをくださったのが、さわかみ投信の澤上篤人さんです。「僕のように本を書き『辻説法』を続けていけば、10年そこそこでブランドはできるはず」。ではやってみようと。出版社からオファーがあれば受けますし、10人集まったらどこへでも講演に行きます。ただそれだけのことで、極意なんてありません。
上野:「それだけ」とおっしゃるけど、なかなかできないことですよ。
出口:必要に迫られたからです。企業広報賞ではSNS活用も評価いただきました。僕が創業したのは還暦の時です。SNSなんて分かるはずがありません。始まりは、20代の部下から、今日からTwitterをやってくださいと言われたことです。「なんで」と聞いたら、「免許事業のトップは誰もやっていないから差別化になります」と。さらにこう言われました。「普段僕らに、人のやらないことをやれと言ってますよね。まさか有言不実行ではないでしょうね」と半ば脅されて始めたのです。
ところが、やってみたらけっこう面白い。これも部下のおかげです。澤上さんに言われたことと部下に言われたことを愚直に10年間やり続けてきただけです。
30代の幹部にバトンを渡す
上野:その謙虚さが人を惹きつけるのでしょうね。立ち上げから会社を率いてこられましたが、今年は立場が変わりましたね。
出口:代表取締役を退きました。
上野:最初から10年で辞めると決めていたのですか。
出口:いえ、退任は今年の正月に決めました。ライフネット生命のお客さまの大半は30代なので、経営陣をそこにマッチングさせた方がお客さまも安心するのでは、と思ったのです。古希を迎えた僕が退任して、30代の2人を新任の取締役に選びました。10年一所懸命働けば、リーダーの気持ちが分かるだろうと考えて交代しました。
上野:そんなふうに思い切って人に任せられるのは、出口さんご自身が若手育成に目配り気配りをなさっているからでしょうね。
出口:動物の究極の目的は次の世代を育てることに尽きます。人間も動物ですからね ...