危機を乗り越えるための対応方法は、時事ニュースの中から学べる点が多くある。取材される側と取材する側の両方を経験し、広報業界を30年以上見続けてきた作家・ジャーナリストが、危機対応の本質について解説する。

VWの排ガス不正問題
格付け引き下げにも発展
ドイツのフォルクスワーゲンがディーゼル車に不正なソフトウェアを搭載していた問題。米大手格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズも同社の格付けを1段階引き下げると発表するなど、深刻な事態を引き起こしている。
「まさか」の事態に備えるのが「危機管理」だが、まず起きないという思い込みが油断を生む。一方、悪事を目論む側は、事が露見して世間が「まさか」と思う事態に発展しないよう必死に隠ぺい工作を重ねる。米通信社ロイターが「自動車業界史上、最大のスキャンダルの一つ」(9月24日)と断じた「フォルクスワーゲン(VW)不正事件」は、教訓を残してくれた。
ドイツの自動車大手VW社が、米国で販売したディーゼル乗用車に不正ソフトウェアを搭載し、排気ガス規制を7年間も逃れていた事件は、EPA(米環境保護局)が9月18日に発表した1通のニュースリリースによって、「まさか」と世界が驚く事態となった。
その見出しを日本語訳すると、「カリフォルニア州EPAは、フォルクスワーゲンに大気浄化法違反を通告/自動車メーカーの申し立てによると、特定大気汚染物質の排出テストを回避するためにソフトウェアを使用した」とある。
ドイツ企業のVWが米国で起こした事件なので、メディアの先導役は米国の通信社や新聞だ。ニューヨーク・タイムズは、「ディーゼル排出規制で不正を犯したVWに、米政府がビッグリコール(回収・無償修理)命令」という見出しで、次のように書いた。
「ワシントン発─オバマ政権は、金曜日にフォルクスワーゲンが排気ガス削減基準を回避するため、ディーゼル乗用車にソフトウェアを違法にインストールしたかどで、50万台近い車のリコールを同社に指示した」。
VWが使った違法ソフトは「無効化機能」(defeat device)と呼ばれるもので、自動車部品大手ボッシュが開発した。これを車に搭載すると、「テスト走行時」にはハンドル操作などから自動的に排気ガスの出を少なく抑え、「路上走行時」にはその機能を解除できた。要するに、“試験にパスするための秘密兵器”として悪用されたのである。そこにも「まさか」があった。
「小さな危機」を軽視するなかれ
VWの広報が動いたのは、EPAのリリースから4日後の9月22日。「排ガス問題の影響を受けるVWディーゼル車は世界で1000万台に上る」と発表し、マルティン・ウィンターコルンCEOの「動画声明」を自社サイトに掲出したのだ。
「皆さま、弊社のディーゼルエンジンの不正行為は、フォルクスワーゲンを表わすすべてのものに反しています」で始まる声明は、わずか2分34秒。しかも、意味が不明な表現が複数あった。例えば、「世界中の数百万の皆さま、私たちのブランド、車、そして技術を信頼してください。私たちが皆さまの信頼を裏切ってしまったことを深く反省しております」というくだり。「数百万の皆さま」(millions of people)とは誰のことか。誰に向けて情報発信しているのか?
CEOは「たった数人が引き起こしたひどい誤りのために、誠実で勤勉な大勢の人に嫌疑がかかるのはよくないことです」と、「企業ぐるみ」ではないと ...