自身も多数の名作CMを手がけている電通の澤本嘉光さんとcatchの福部明浩さん。現在、テレビCMの世界でトップランナーを走るお2人に、2000年代のCMの中からそれぞれお気に入りの10本セレクトしてもらった。
TUGBOAT麻生さんが作る「ザ・CM」
澤本:じゃあ、まず福部さんのベスト10から見てみましょうか。
福部:僕が選んだ10位は、日本自動車振興会(KEIRIN)の「9ways」シリーズの中の「勝利とは何だ」。TUGBOAT麻生哲朗さんの企画です。街中をロードバイクで走るサラリーマン、建築作業員、警察官らが、自らに人生における勝利を問いかけるというものです。
2000年以前はテレビが最大のメディアだったけれど、さまざまなメディアが登場しはじめ、CMの作り方も変わった。でも、このCMはテレビ全盛期の「ザ・CM」という印象で、とにかくかっこいい。そして9位は同じく麻生さんの企画で、住友生命「1UP」です。シリーズの中でも1番好きなのは、先輩役で荒川良々さんが出演しているもの。表情がいいんです。澤本さんは、このCMをどう思いますか?
澤本:瑛太さんの嘲笑している顔がいい。全編通して見ると、やはり彼の演技が上手いなと思いますね。

日本自転車振興会「9ways」
- 企画制作/電通+TUGBOAT+ザ・ないん
- CD/岡康道
- 企画+C/麻生哲朗
- 演出/前田良輔
- CPR/酒井朝子
- PR/佐野將、日向野真人
絶対に真似できない中島哲也監督の演出
福部:続く8位は、ドコモdビデオ「出会い」。平凡な学生の石井杏奈さんのもとに、少し大人びた学生の小松菜奈さんが現れ、揺れる石井さんの微妙な心のうちを描いたCMです。小松さんが最高だし、何よりも監督の中島哲也さんの演出が素晴らしい。
澤本:僕は、この話の続きの「転校生」篇が好きです。これはdビデオという動画配信サービスのCMで、ストーリーの中で映画コンテンツの紹介の仕方が秀逸なんです。
福部:石井さんがスマホで映画コンテンツを視聴している設定になっていますね。ストーリーの中で観ている映画の内容と絡めて見せていて、そのインサートの仕方も上手い。しかも、かっこよくてスタイリッシュでありつつ、ギャグっぽいところもある。1つのストーリーの中にいろいろな感情が集約されているから、見ている側はグッと来る。真似したいけれど、絶対に真似できないCMですね。
澤本:中島哲也さんが演出するCMは、音楽の使い方が抜群に上手いんです。このCMもBGMとして入っている音楽がスタイリッシュでなければ、結構ベタな印象になるはず。この音楽の使い方と編集の仕方は、おそらく哲也さんじゃないとできないと思います。

エイベックス通信放送 dビデオ「二人はdビデオを見ていた」
- 企画制作/もり+電通+モリモリ
- CD/原野守弘
- 企画+C/小山佳奈
- AD/戸田宏一郎
- 演出/中島哲也
- CPR/橘実里
- PR/山森充
音で映像を想起させる
福部:NIKEの中で僕が1番好きなのは海外の超一流サッカー選手のプレーを臨場感たっぷりに描きながら、一瞬のプレーで未来が変わっていく「Write The Future」篇ですが、日本で展開されたCMでは「Where's the next?」篇が好きで、7位に挙げました。
「いつかプロのサッカー選手になりたい」と語る高校生を映すカメラが切り替わると、ロナウジーニョに替わっている。グラウンドや部室、ラーメン屋など日本のよく見る光景の中で、ロナウジーニョがその高校生を演じている。カメラが捉えている表情がどれもよくて、どうやって演出しているのかを知りたいです。
そして、6位は2000年代のCMを語る上で絶対に欠かせないHONDA「Sound of Honda」。1989年にF1の日本グランプリ予選でアイルトン・セナが記録した世界最高ラップを、彼が乗っていたHONDAのレースカーのエンジン音と光を用いて同じコースに再現しています。このあたりから90年代とは、CMの内容が明らかに変質しています。
澤本:このCMはデジタル面が注目されがちだけど、他のCMと決定的に違うのが音だけで映像を想起できることです。ラジオCMでは当たり前のことですが、それをテレビで成し遂げた。こうしたCMは2000年代の半ばぐらいから出てきたけれど、これはそのひとつの集大成ですね。
福部:この頃から広告を作る人たちも変わってきましたね。CMプランナーではなく、統合コミュニケーションやデジタルのプランナーが登場して、クリエイティブに関わるようになった。このCMを見たとき、絵コンテを頭の中で割っている人には作れないものがあるんだと衝撃を受けました。
世の中に浸透したシリーズCM
福部:5位は、澤本さんが企画しているソフトバンクの「白戸家」シリーズ。澤本さんは、かつてKDDとDDIとIDOが合併したKDDIのCMも作っていたので、僕は澤本さんが、いまの通信キャリアによるCM戦争を巻き起こした張本人だと思っています(笑)。
澤本:実は、当初CDの佐々木宏さんから「絶対にこのCMを面白くするな」と言われていたんです。なぜならソフトバンクが目指しているのは、ソニーやアップルのようなスタイリッシュな方向。それに合わせて絵コンテを書いていました。でも、撮影直前に「やっぱり面白くしたい」という話になり、オチを急遽作ることになったんです。そこからできることを永井聡監督と考えて、ベタだけど「おい、聞いてるのか?」と問いかけて、「聞いていませんでした」と答えるシーンを慌てて作りました。だから、その部分だけ外して編集してみればかっこいいCMのはずです。
福部:ソフトバンクもauの三太郎シリーズも、世の中に一気に広がっていくものって、最初からシリーズとしてフレーミングされていたわけではないんですよね。でも、その後ずっと続いている。ちなみにお父さんが犬という設定は、世の中の人たちはすぐに理解したんですか。
澤本:割とすぐに。むしろなぜダンテさんが上戸彩さんのお兄さんなのかということに疑問を持たれたようです。
福部:ホワイト家族、白戸家というネーミングも特徴的で、これはTCC賞には選ばれないかもしれないけれど、世の中には浸透しましたね。
澤本:佐々木宏さんのどこまで考えているかわからない思いつきを真剣に考えていくと当たる、という。その感じ、なんとなくわかりますよね。

ソフトバンクモバイル「予想外のいい動き アルバイト」
- 企画制作/シンガタ+電通+東北新社
- CD/佐々木宏
- 企画/澤本嘉光
- 演出/永井聡
- PR/俊成和作、小佐野保、村山輝樹
見る人の気持ちを持ち上げる回想シーン
福部:4位は、リクナビ「山田悠子の就職活動」篇です。サッカー日本代表のサポーター風の人々が、画面を見つめているシーンから始まります。そこに映されているのは、就活生・山田悠子さん。まるでテレビで放映されているかのような彼女の就職活動を見て、サポーターたちが一喜一憂する。
これは最終篇の回想シーンが肝で、そこで見ている人の感情がぐーっと持ち上げられます。前半に出てくる、変顔とかお笑いの部分がすべて最後に効いてくるんです。おそらくラストの30秒がなくても成立するストーリーなのですが、最後にこれまでを振り返ることで人は反芻して、気持ちが入るんだなと思いました …