全日本空輸(ANA)は、業界初となるマイレージプログラムのリニューアルに踏み切った。クレジットカードや他社とのアライアンスを組み合わせ、一過性に終わらない顧客価値の提供に取り組む。ロイヤリティマーケティング部長の稲田剛氏とアイ・エム・ジェイ(IMJ)取締役COOの加藤圭介氏に聞いた。

(左から)全日本空輸 マーケティング室 ロイヤリティマーケティング部 部長 稲田 剛 氏、
アイ・エム・ジェイ 取締役COO 加藤圭介 氏
ブランドの根っこには企業理念がある
稲田▶ 私が所属するロイヤリティマーケティング部には大きく2つの役割があります。一つがFFP(フリークエント・フライヤー・プログラム=マイレージサービス)の運用です。世界の航空会社とのアライアンスも活用しながら、いかに繰り返し搭乗していただくかが命題です。もう一つが事業開発。ANAカード事業をはじめ会員基盤を活用した施策がメインです。顧客開拓の面からも、クレジットカードの重要性は増しています。ポイントプログラムにおける他業種企業との提携や新たなビジネス開発も手がけています。
加藤▶ 航空業界は顧客データの活用が進んでいるようにお見受けします。
稲田▶ 搭乗促進のためのデータ分析には力を入れてきましたが、個人にフォーカスしたデータ活用はまだこれからです。搭乗履歴やクレジットカード使用履歴のデータを分析し、その方に合ったご提案をしていきたいと考えています。
加藤▶ デジタル化により、搭乗券の購入などの利便性は高まりました。一方でANAには空港の窓口や機内などリアルの顧客接点があります。見えないところでサービスを設計する人も含め、総合的な「おもてなし力」がANAブランドを支えていると思います。
稲田▶ ブランドの根っこには企業理念があると考えています。カスタマーエクスペリエンスの向上には、社員の企業理念への理解やDNAの継承が不可欠だと考え、企業理念を理解するための全社研修を実施しています。各部署で理念に関するディスカッションを行う取り組みも始まりました。
マイレージプログラムを顧客目線でリニューアル
加藤▶ 顧客に選ばれるためには、どんな考え方が必要だとお考えですか。
稲田▶ 短期の収益だけで判断しないこと。つまりライフタイムバリュー(LTV)最大化の視点に立つことです。人と同じように、企業にも個性があり、顧客との間にも相性があるので、必ずしも万人には受けないかも知れません。企業理念から企業文化ができて、そこに共感する方と本当のパートナーになれるのだと思います。様々なポイントプログラムがある中でANAマイレージクラブの存在意義をどう出していくか。イメージとしては、お客様の「自己実現」につながる価値提供ができるプログラムに育てることが目標です。
加藤▶ デジタル時代のマーケティングにおいてはテクノロジーを導入すればすべて解決できると思いがちですが、接客やコミュニケーションの本質は変わりません。
稲田▶ 同感です。我々のSNS活用のキーワードは「顧客との関係性」です。SNSでつながるお客様もとても大事。極端なことを言えば、1年に1回も飛行機に乗らない方でも、ANAのファンとしてソーシャルメディアに来ていただけるだけで「顧客」と言うべきだと思っています。「顧客」の概念自体が変わってきていると感じます。
2月24日から、すべてのANAマイレージクラブ会員を対象に、1マイルから1スカイコインへ交換できるようにしました。さらに、国内線特典航空券の片道必要マイル数は現在、往復の75%相当必要ですが、4月24日搭乗分から50%に引き下げます。これ以外にも少ないマイル数で交換できるメニューを取り揃えて、余すところなくマイルをご利用いただくプログラムへと生まれ変わりました。他社にも例がなく、まさに「マイル革命」とも言える一歩だと自負しています。
得てしてプレミアム会員にフォーカスしがちですが、休眠会員も含めて、会員の方すべてが大切なお客様です。これまでマイレージプログラムは、1万マイル程度は貯めないとその恩恵を得ることができませんでした。しかし、世の中にさまざまなポイントプログラムが溢れる中では、発想を大きく変える必要があると考えました。
顧客価値を再定義すると可能性はさらに広がる
加藤▶ まさに顧客志向実践の代表例ですね。自分が飛行機に乗る時にして欲しいと思う欲求がちゃんと満たされると、その会社のことが好きなる。そういう視点は大事ですが、現場で実践するのはなかなか難しいことです。
稲田▶ 1社で価値提供をするには限界があります。エアラインとは接点のない業種も含め、いろんな企業とどのような価値をお互いに出し合えるか考えることはとても大事だと思います。
加藤▶ 買い物や飲食も含めた幅広いサービスを受けられるのは顧客にとってもメリットです。当社は「Tポイント」を展開するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)のグループ会社なので、クライアントからデータ活用法のご相談をよく受けます。例えばメーカーの場合、自分たちの商品を買っている人について把握できていないことが多いんです。Tポイントのデータを活用すれば、自社サイトに来訪するユーザーが実際に自分たちの商品を買ってくれているかが分かり、そのデータをもとにプランを立てることもできます。さまざまな業態とアライアンスを組んでいますので、例えば、ファミリーマート、マルエツ、ガストというように、点ではなく線で追えるデータになっています。
稲田▶ データをどのようにマーケティングに活用できるかは、マーケターの想像力や洞察力にかかっています。そこから仮説を立て、方程式を組み立てるところまでいかないとデータは何の意味もなさない。
加藤▶ 大量のデータを蓄積するためのコストも安くなり、スマートフォンなどのデバイスも普及して、データをマーケティングに活用するための環境は整ってきています。ただ一番大事なのは、顧客のことをどれだけ考え、マーケティングシナリオの設計も含めて、丁寧なコミュニケーションができるかどうか。ANAが提供する顧客価値は「航空券を売る」ことではなく旅行や出張といった「体験価値を売る」ことと定義すると、デジタルを活用して顧客を「おもてなし」できる余地はまだまだ多いと思います。
稲田▶ まさにその通りです。事業ドメインを、チケットセールスだけでなく、体験価値を提供するようにドメインし直す。今後はそういう発想になっていくでしょう。
加藤▶ 自分たちが顧客に対してどういう価値を提供する会社なのかを突き詰めて考えることが大切です。顧客を中心に据え顧客価値の再定義をすることで、サービスの過不足が見え、新たな展開も見えてくるはずです。