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ハハ疲れの終焉

二十代の頃、広告制作会社で働いていた。時代はまさにバブルのど真ん中。「ずいぶんといい思いをしたんでしょうねー」と、若い人から言われることがあるけれど、バブルでおいしい思いをしていたのは、私よりももう少し年上の人たちだ。

景気が良かったせいで仕事だけはたくさんあって、私のような学歴、職歴のない者でも、広告制作という仕事に携われたことはラッキーだったと正直、思う。けれど、実情はほとんど家に帰れず、机の下に新聞紙を敷いて寝るような毎日だった。

こんな仕事の仕方は嫌だ、続くわけがない、と思っていた頃に妊娠した。ほとほと疲れて、家庭というもののなかに逃げ込んだ。

とはいえ、産後も、経済的な理由で働かなければならず、子どもを保育園に預け、出版社に飛び込みで営業に行き、仕事をもらった。それからはライターとして食べてきた。子どもが十五歳になったとき、彼を連れて家を出て、二人暮らしになった。

こう書いてみると、私の人生は、大きな目標など持たず、逃げてばかりいて、辿り着いた場所で「疲れたな」と思うと、また逃走を繰り返す。この春、大学生になった子どもは、家を出て一人暮らしを始めた。彼もまた、行き当たりばったりの母と過ごすことに疲れていたのだろう。

「子育ては大変だった!」と、声を大にして言いたくはないが、子どもと自分の食い扶持を稼ぎながら、家事全般( 特に炊事) が苦手な自分が母親業をするのはやっぱり大変だった。

毎朝、持たせるお弁当のこと、子どもが帰ってくるまでに用意する夕食のこと。冷蔵庫の中身がいつも気になっていた。徹夜して、半分、寝ぼけたまま、お弁当用のカツを揚げる、という危ないこともした。

その生活からやっと解放された。「よーし、小説を書くぞ!」と気合いが入ったものの、子どもが出て行ってからやってきたのは、泥沼のような眠さ、だった。何時間でも眠れた。こんなに自分って疲れていたんだなー、と、改めて実感したのだ。

けれど、仕事と母親業に奔走していた日々が、無駄だったとはどうしても思えない。子どもは確かに仕事をするうえで、足かせになることもある。世の中の流行や動きにも疎くなる。キャリアの中断、ということも確かにあるだろう。けれど、綱渡りのように、なんとか仕事と母親業を続けてきた時間が、自分に新しい筋力をつけてくれたのかもしれない、と思うこともある。

子どもを育てていると、終わりのない闘いをしているような気持ちになることもあるけれど、手取り足取り面倒を見なくちゃいけない時期はすぐに終わる。そのときの母親は、補助輪のとれた自転車のようなものだ。自分の足で、どこにでも行ける。

疲れを癒やした眠りの時期を経て、私は今、フルスロットルの状態だ。「子育て、お疲れさま」と言ってくれる人は、悲しいかな、いないけれど、だからこそ、今、仕事と子育ての両立で大変な思いをしている人には言いたい。子育てはいつか必ず終わる。そして、すでに終わった人には、「お疲れさま」と言いながら、ビールの一杯でもおごってあげたいのだ。

窪 美澄

profile

くぼ・みすみ
1965年東京都生まれ。広告制作会社、編集ライターなどを経て、2009年「ミクマリ」でデビュー。
11年『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞受賞。12年『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞受賞。

コメント

「お疲れ様」というテーマをうけ、エッセイにこめた想い

仕事では「お疲れ様」という言葉がよく交わされますが、子育てでは、あまり言わないなぁ、と。自分の子育ても、息子が大学に入り、ほぼ終わった時期だったので、自分にも「お疲れ様」と、また、子育て真っ最中の方にも、ねぎらいの言葉をかけたくて。

このエッセイを読まれた方へ

仕事のように、成果というものが見えにくい子育てですが、子どもにご飯を食べさせることができた! お風呂にも入れられた!など、小さな目標をクリアしたら、自分にも小さなごほうびをあげてください。毎日、小さく小さく乗り切っていくのが、子育てで疲れないコツだと思います。

明日へ向かうために欠かせないこと

お風呂ですね。時間のあるときは、一日二回入ることも。水に触れる、というのが、とても気分転換になるみたいです。ぬるめのお湯につかり、本をじっくり読むので、かなりの長風呂です。

「ヘパリーゼ」に向けて

パイン風味でとても飲みやすいです。お酒は強くないのですが、お酒をのみながら、友人たちと馬鹿話をする時間が大好きで、ついつい飲み過ぎてしまうことも。
そういうときは、必ず、へパリーゼを飲んでから眠ります。

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