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若い時の苦労は、買いか?

広告制作者のみなさん、お疲れさまです。

僕は元コピーライターですから、みなさんの忙しさを、少しはわかっているつもりです。最近の事情は知らないけれど、やっぱり忙しいですよね。ものすごく疲れている人は、こんなもの読んでないで、休憩してください。

だいじょうぶ?
では、だいじょうぶな人にだけ、続きを。

働いている以上、疲れるのはしかたない。でも、いい感じで疲れてます? 仕事の後の酒がうまいとか、風呂が気持ちいいとか、元気に疲れているのならいいけれど、気分が重い、ダウン寸前、明日が怖い、そんな良からぬ疲れ方だと、ちょっと心配だ。

僕が広告業界に入ったのは、三十数年前。二十代から三十代半ばまでの時期は、この国も景気が良くて、めちゃくちゃ忙しかったことしか覚えていない。比喩ではなく、寝る暇がなかった。僕も同僚も誰も彼も睡眠不足で、いつも冬眠を邪魔されたカエルみたいな目をしていた。新聞で「過労死」の記事を読んでいたら、死んだ人より自分のほうがずっと残業時間が長いことに気づいたりした。

僕らの時代の上の人たちは、こんなことを言っていた。

『若い時の苦労は買ってでもしろ』

僕の場合、職場の雰囲気が良かったせいか、苦労をしていたという自覚はさほどないのだが、労働時間イコール苦労とするならば、苦労を買いまくる日々が十年以上続いた。

若い時の苦労は買ってでもしろ−−若くなくなったいまになってつくづく思う。

本当にそうか?

半分、嘘だと思う。確かに頭と体をぎりぎりまで追いこんで、身についたものもある。でも、失ったものだってあったはずだ。家族と過ごす時間や、知らない場所へ行く時間、仕事以外の何かに熱中する時間。まぁ、暇だったとしても、そう変わらない毎日を送っていた気がしないでもないけれど。

突然暇になったのは、三十五歳でフリーになってから。仕事が減ったわけじゃない。ムリな仕事を断ったり、ムダな会議や打ち合わせをサボったりできるようになったからだ。めちゃくちゃ忙しいなんて言ったって、しょせんその程度のものだったんですね。

だからQ数を大にしていい言いたい。

「若い時には苦労も必要だけど、買うほどのことはない」

ムダに買っても、置き場所に困るよ。UFOキャッチャーの人形みたいに。

もちろん、ラクばかり考えたり、嫌なことから逃げたりしていてはダメなのは、あたりまえだ。だけど、“ブレーン”の片隅のこんな文章まで読んでいるあなたなら、だいじょうぶ。逃げずに働いているでしょ。なら、日々の仕事が自分の容量からあふれ出そう、と感じたら、周囲のプレッシャーに負けずに、デスクを立ってこう言ってみてください。

「今日はお疲れさま」

何かを観たり聴いたり読んだり誰かと話したりする時間のほうが、資料とにらめっこしているよりよっぽど役に立ったりするからね。

荻原浩

profile

おぎわら・ひろし
1956年埼玉県生まれ。成城大学卒業。広告会社勤務を経て、コピーライターとして独立。97年『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2005年『明日の記憶』で第18回山本周五郎賞を受賞。

コメント

「お疲れ様」というテーマをうけ、エッセイにこめた想い

僕の若い頃は「苦労=善」の時代でした。上の世代の人たちは、「なんでもいいから苦労しろ。それがいつか報われる」という発想の人が多かった。でも、それって本当なのだろうか。「自分たちがしてきた苦労を、お前たちにも味あわせてやる」と心の奥底で暗い炎が灯っていることに本人たち自身が気づいていないだけじゃないのか。ひねくれ者の僕はいつもそんなことを考えていました。自分はそういう類の人生の先輩にはなりたくないな、という気持ちで書いたつもりです。

このエッセイを読まれた方へ

前言をあっさり翻すようですが、人生に苦労は必要です。苦労や不快を避けて生きようとする人には、 大きな喜びも成果もないと思います。「苦労=悪」でもありません。でも、最近の若い人にはまじめな人が多いし、広告業界で働いている人たちが楽をしているとはとても思えないから、逆に心配なんです。頑張りすぎていないかと。メッセージはエッセイの中で書いたとおりです。追加でもうひと言と言われたら、これだけでしょうか。「気楽に行こうよ」

明日へ向かうために欠かせないこと

狭い庭なのですが、自宅で毎年野菜を育てています。締め切りに追われていても、時期が来れば、種を播いたり、苗を植えたり、水や肥料をやったり、けっこう忙しい。植物は動かないペットのようなものなので、趣味というより義務みたいになっちゃってます。それがリフレッシュするために手放せないものでしょうか。明日に向かうために欠かせないことは、クサイとか言われようが笑われようが、奥さんや子どもたちとの暮らしです。

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