今夜も窓に灯りがついている。

「窓の灯り」をテーマとして人気作家の方々にリレー形式でエッセイを執筆いただく連載企画

Vol.88 社会と窓

ヨシダナギ

「窓」と言われて思い出すのは、実家があった江戸川区の団地だ。

向かいのパチンコ屋についている左から右へ流れていくタイプのネオンが、1文字だけ消えて「パチコ」になったり、「パンコ」になったりしながら、私の狭くて薄暗い部屋を照らしていた。その灯りは少しの煩わしさを感じさせると同時に、どこかホッとするような感触があって嫌いではなかった。理由はよくわからないが、気まぐれながらもその光は私を照らしてくれているような気がして妙な安心感を覚えたのだ。

両親が離婚して父親に引き取られた私は中学2年のころから学校へもロクにいかなくなっていた。そのため家にいることが多くなってきた折、まだ黎明期のインターネットに出会い、昼夜かまわず色々な掲示板をあちらへこちらへと夢中で飛び回っていた。この技術がなかったら知ることもなかった人や情報。それらに触れているうち、世界は私が思っているよりもずっと広くて、窓から眺めている景色の奥にも気が遠くなるくらいに広がっているのかもしれない。そう私に実感させた。パチンコ屋のネオンが見えない部屋にひとり引っ越したのはそのすぐ後だった。

それからフォトグラファーになってからというものアフリカや南米アマゾンなど、さまざまな土地を訪れた。先住民族や少数民族が暮らす太古から変わらない土づくりの家や、治安の悪さをうかがわせる都市部郊外の鉄格子つきの家。何かの動物や魚の油を利用したジンワリと心許なくもあたたかい炎の光がもれる窓や、経済成長期ど真ん中だと感じさせるやかましいほどの光を放つ窓。そのどれも味わい深いものだった。ただ私が好きなのは、やっぱり東京の窓なのだ。私には窓の外に特別な景色は必要ない。パリやニューヨークの景色もドラマチックで美しいと思うが、素知らぬ様子でただそこにありながら社会と私という人間をしれっと繋いでくれる東京の窓が何故か好きなのだ。グレーがかった青空があって、無作為なビル群があって、血統書付きの犬と雑種犬がすれ違って吠え合う声をときどき聞かせてくれる。そんな東京の窓がもたらす感覚にとてもホッとするのだ。

海外ロケが終わって成田空港から自宅に帰り、リモワの特大トランクをリビングに寝かす。数週間ぶりの湯船に浸かってパジャマに着替え、ソファーへ腰掛けてから窓の外にふと目をやる。“2、3日前までは見渡す限り一面に砂嵐吹き荒れる砂漠や、どこから動物が飛び出してくるかわからないジャングルにいたはずなのに”と思う。その旅のなかで出会った人たちの顔をひとり、またひとりと浮かべていると、知らない間に眠りに落ちている。夜中に目がさめると、窓はまだそこにあって、網戸から静かなそよ風を送ってくれている。そんなふうにして、“ああ、私は日本に、東京に帰ってきたのだな”と実感するのだ。少しだけあの時のパチンコ屋の1文字欠けたネオンを思い出しながら。

Vol.88 ヨシダナギ

PROFILE

ヨシダナギ

1986年生まれ
フォトグラファー
独学で写真を学び、アフリカやアマゾンをはじめとする少数民族や、世界中のドラァグクイーンを撮影、発表。
唯一無二の色彩と直感的な生き方が評価され2017年日経ビジネス誌で「次代を創る100人」へ選出。
また同年、講談社出版文化賞 写真賞を受賞。
以降、国内外での撮影やディレクションなどを多く手がける。

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い
いろんな窓をみてきたな〜と改めて思い起こしながら、柄にもなくおセンチに書いてみました。
このエッセイを読まれた方へ
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ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?
スマホですね。目が疲れると自然と眠くなるタチなので、極限までスマホをいじっています。