今夜も窓に灯りがついている。

「窓の灯り」をテーマとして人気作家の方々にリレー形式でエッセイを執筆いただく連載企画

Vol.86 「消えるもの、それでも消えない灯り」

星野舞夜

私が小学生の時、両親が一軒家を購入した。それから今までかれこれ10年以上、たまの外泊を除けば、ずっと同じ部屋で夜の時間を過ごしている。

家が完成したタイミングで、どこの部屋を自分の部屋にするかを決めた。両親ふたりと私のたった3人の家族なので、1人一つの部屋を持つことができた。3つある部屋のうち、私は1番大きな窓のある部屋を選んだ。1番広い部屋が別にあったのだが、それは母親に譲り、私は窓の大きさを優先した。理由は、星を見たかったからだ。

私が住んでいるところは田舎なので、星の明かりがよく目立つ。窓際にベッドを置けば星を眺めながら眠りにつくことができるし、窓はベランダに面していているので、部屋から直接ベランダに出ることもできた。窓を開けて、もしくはベランダに立って、夜の空気を吸いながら星を眺める。そういうことがしたかったのだ。

しかし、数年後、家の前に新しく2階建てのアパートができてしまった。自分の家の庭と道路が間に挟まれていたおかげで、アパートが完成してみれば空が邪魔されたのはほんの一部分だけだったのだが、複数の窓から漏れる灯りによって星の明かりがかき消されている気がして、とても残念だったのを覚えている。

ただ、一つだけ、そのアパートに関して嬉しく思っていたことがある。アパートの一室の窓から、たまに猫がいるのが見えたのだ。黒っぽい猫だった。部屋の灯りを背に、窓辺に寄り添って眠っている姿が可愛かった。私は、夜にカーテンを閉めるたびにその猫がいるかどうかを確認した。いたら明日はラッキー、まるで占いみたいに、その名前も知らない猫の姿を見るのを楽しみにしていた。

しばらくはそうやって占いを楽しんでいたのだが、部活や受験などで生活が忙しくなるにつれ、部屋に帰ってきてもあまり窓から外を見ることがなくなっていった。星を眺めることもなくなってしまっていた。そしてある日、いつの間にか猫がいなくなっていることに気づいた。何故いなくなったのかはわからない。死んでしまったか、もしくはアパートの入居者が変わったか。どちらにせよ、もう二度とあの猫の姿を見ることはないと思うと、寂しい気持ちになった。

今、この部屋から改めて窓の外を見てみると、家の庭に植わっている木の背丈が大きくなって、アパートよりも大きく空を邪魔していることに気づく。私の部屋は2階にあるのだが、ベランダから手を伸ばさずとも木の葉っぱに手が届いてしまうくらいだ。このくらいの大きさになってしまうと処理も大変なので、家族全員がそのまま放置している。

はじめは私の背丈よりも小さいくらいの木だったのに。10年という月日は本当に長いものだと思う。長いものだが、必ずその年月は過ぎていく。

私もいつか、周りの環境が変わって、この部屋を出て行く時が来るかもしれない。私の部屋に私がいなくなる日も近いのかもしれない。それでも、どこに行っても、あの日この窓から見ていた猫の姿を思い出すだろう。窓から眺めた星の明かりを思い出すだろう。そして、新しい場所で、新しい夜の灯りを見つけ出すのだ。寂しいけれど、ワクワクもする。

今日は、久しぶりに星を眺めてみようと思います。大きな窓のある、大好きな私の部屋で。

Vol.86 星野舞夜

PROFILE

星野舞夜

2019年、小説投稿サイト「monogatary.com」で開催された「モノコン2019」で、短編小説「タナトスの誘惑」が「ソニーミュージック賞・大賞」を受賞。同作は小説を音楽にするユニットYOASOBIの楽曲「夜に駆ける」の原作となり、関連作品である「夜に溶ける」とともに、2020年9月18日に発売された「夜に駆ける YOASOBI小説集」(双葉社)に収録されている。

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い
いつも私のすぐ側にあった窓について書きました。窓の存在が楽しさや寂しさ、愛や憎しみなど、さまざまな感情を呼び起こしてくれていることに気付きました。
このエッセイを読まれた方へ
皆さんの側にある窓は、どのような景色を見せてくれるのでしょうか。ぼーっと外を眺めてみるだけでも、新しい発見が得られるかもしれません。
ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?
眠れない時は、耳栓とアイマスクをつけます。これらをつけてぼーっとしていれば、たいてい10分後には眠っています。