今夜も窓に灯りがついている。

「窓の灯り」をテーマとして人気作家の方々にリレー形式でエッセイを執筆いただく連載企画

Vol.75 新しい夏のはじまりに向けて歩く

川島小鳥

東京の東側にある街に引っ越して2年以上たった。

下町というほど商店街が発達しているわけではないけれど、築年数の古い一軒家がぎゅうぎゅうに並んでいて、その家と家の間を縫う様に道路がつくられたのか、道がくねくねしているのがこの街の特徴だ。僕はひどい方向音痴なので、くねくねした道を歩いていると簡単に変な方向に進んでいたりする。最近は携帯のマップ機能があるのでまだマシだけれど。

ここに住みたいと思ってから、たくさんの物件をネットを使って探し、気になる部屋を片っ端から内見した。趣味は少ないほうだけれど、その中に入るトップの趣味が部屋の内見、といえると思う。住みたい家の条件は人それぞれ違うけれど、僕の場合はまず日当たり、風通し、窓からの風景、そして最近は妙に音に敏感なのでできれば最上階の角部屋がいい。建物の古さはむしろ新築より80年代とかのほうが好みだし、水回りなどは住めば都だと思っている。

物件が出るのはタイミングなので、毎日条件に合う新しい部屋が出ていないかチェックし、ストリートビューで建物や近所の雰囲気をつかみ、日の出と日の入りがわかるアプリで日当たりを想像し、気になったらすぐに不動産屋に連絡する。これからお世話になるかもしれない部屋との出会いはとてもスリリングでロマンチックだ。自分の家が見つかったあとは、引っ越ししたい友人を見つけては勝手に街や家の条件を聞いては調べ、おすすめのURLを送りつけることを楽しんだりする。友人の内見についていくのも、友人の家に遊びに行くより数倍好きだったりする。

今住んでいる家は、駅から8分ほどの距離の4階建ての4階、角部屋で、エレベーターがない。マンションの外につけられたペパーミント色の階段を上ると、ちょうど3階から4階に上がる瞬間に街の風景がふわっと視界に広がる。低層の家が多い街なので、開放感があってすごく気持ちの良い瞬間だ。少し空を浮いているみたいな。

その時、視界の先にすごく目立つ背の高いタワーマンションが見える。駅から直結していて、一階にはスーパーもあるようなマンション。でも、いわゆるタワマンといって想像するものよりもオシャレでも怖くもないような、少し前の時代の感じがいい感じの。

駅までの道でもそれはいつも目立っていて、古い昭和時代の平屋が並ぶ道の奥にそれが見えた時、最初は変だと思ったけれど、この街に自分が馴染んでいくのと同時にだんだんとその組み合わせが気に入ってきた。特に雲ひとつなく晴れた日はマンションのたくさんある窓の反射がきれい。いつもその風景を見た時に写真を撮ってしまう。

タワマンにはどんな人が住んでいるのかは知らないけれど、物件マニアゆえに家の図面は見たことがあり、広さと間取り的にファミリーが多そうだ。そんな想像をしながら、だんだんと道に迷ったときでも、タワマンの方向に行けば大丈夫だと、目印にすることを覚えた。自転車で駅の反対側にある図書館に行った帰りにも、終電がなくなって山手線の駅から歩いて帰る時も、どんなに道がくねくねして西も東もわからなくなる時でも、あの背の高いマンションを目指せば大丈夫。

先日の非常事態宣言の間、気付いたことがある。夜に見るあのタワーマンションがいつもより明るい。今まで見たことがないほど多くの窓に灯がともっている。そのことに気づいたことに、なぜかすごくホッとした。

Vol.75 川島小鳥

PROFILE

川島小鳥

写真家。1980年生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒業後、沼田元氣氏に師事。写真集に『BABY BABY』(2007)、『未来ちゃん』(2011)、『明星』(2014)、谷川俊太郎との共著『おやすみ神たち』(2014)、『ファーストアルバム』(2016)、台南ガイドブック『愛の台南』(2017)。
第42回講談社出版文化賞写真賞、第40回木村伊兵衛写真賞を受賞。

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い
自分の住んでいる街で最近感じたことを書きました。
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