Vol.66 窓を描く

安藤 桃子

「窓を描く監督だ」と言われたことがある。そんなこと意識もしていなかったのだが、言われてはじめて自分が「窓」にかなり強い憧れを抱いていることに気が付いた。10年前のことだ。

絵画はもちろん、映画も画の中に窓があるだけで、内と外が表現できる。私にとって、窓のある画を切り取ることは、同時に登場人物の心を表現することに直結する。窓のあるシーンは全て、窓の開閉の度合いやカーテンの動きも意識して画作りをし、窓の存在は登場人物の内面だけではなく、時に恋人同士の距離感までをも表現してくれる。青春映画は窓が全開。風が吹いてカーテンが揺れれば、鼻先に青葉の匂いも届いてくる。

映画のロケ撮影がキッカケとなり6年前、私は山岳地帯84パーセント森林率ナンバーワンの高知県に移住した。四国山脈と太平洋に挟まれ、山、川、海、三拍子揃った土佐のこの地で、人々は太平洋という天と心の境がない広大な窓を見つめ、海の向こう側に想いを馳せて生きて来たのであろう。海側のジジババと話をすると、よく枠組みから外れた考えやアイディアがポンと出てくる。反対に山の奥に暮らすジジババは出来事を自己の内面に写し読み、哲学的である(ことが多い)。はたまた川沿いに暮らすジジババは、水の流れに削られた石のように、まあるく角がない(ような気がする)。しかし海人からも山人からも川人からも共通して感じるのは、自然を畏れ、慎み深く、生けるもの全てが一体の存在である事をベースに生活を営んでいることだ。

夜の山道をドライブすると、墨を流し込んだような真っ暗闇の中、時折夜空の星のようにポツン、キラリと明かりの灯った家が姿を表す。その明かりを見ると、そこにある命の灯を目撃したような気持ちになる。そんな窓の明かりからは、みそ汁や焼き魚、米の炊ける匂いも届いてくる。

ガラリと変わり東京都心、街という巨大な生きものは発光し続け、そこに闇はない。巨大電気クラゲの傘の下、無数に並ぶ団地や高層マンション、ビルの明かりを見ると、文明の中にも無数に輝く生命の循環を感じる。

採光または通風の目的で壁または屋根にあけた開口部。比喩的に、外と内をつなぐものが窓なのだと、広辞苑にあった。箱に穴を開けると窓が生まれ、窓が出来ると外との繋がりが生まれ、ただの箱は部屋になる。外の空気が、風が、箱の中に流れ込むと、部屋の中の私は、はじめて私たる私として存在しはじめる。「こころの窓」とはよく言ったものだ。

先日、尊敬する田原総一朗さんにお会いした。1時間ほどの打ち合わせの後、田原さんからなんとも直球、難しい質問を受けた「幸せってなに?」。とっさに出た私の答えは「在るもの!」だった。人それぞれに違う命の感覚、異なる感性の中、それぞれの幸せに向かい、自分を運んで生きている。誰かのこころの窓を覗くと、そこには脈々と繋がってきた優しい命の火が灯っている。

そういえば、幸せの羅針盤って、どこにしまってあったけ、なんて考える。わたしはどこに向かって命の灯火を運んで行こうか。こころの奥では知っている、憧れの風景を描きながら今日も明日も旅を続けようじゃないか。

PROFILE

安藤 桃子

1982年、東京生まれ。高校時代よりイギリスに留学し、ロンドン大学芸術学部を卒業。
その後、ニューヨークで映画作りを学び、助監督を経て2010年『カケラ』で監督・脚本デビュー。
2011年、初の長編小説『0.5ミリ』(幻冬舎)を出版。同作を監督、脚本し、第39回報知映画賞作品賞、第69回毎日映画コンクール脚本賞、第18回上海国際映画祭最優秀監督賞などその他多数の賞を受賞。
2018年 ウタモノガタリ CINEMA FIGHTERS project「アエイオウ」監督・脚本。
高知県の映画館「ウィークエンドキネマM」代表。「表現集団・桃子塾」、塾長。
現在は高知県に移住し、チームと共に映画文化を通し、日本の産業を底上げするプロジェクトにも力を注いでいる。
現在、情報番組「news zero」(日本テレビ系)ではゲストコメンテーターとしての出演や、森永乳業『マウントレーニア』のWeb CM にも出演するなど多岐にわたり活動の幅を広げている。
今年11月2日(土)、3日(日)、4日(月・祝)高知にて、文化人やクリエイターの感性とアイディアを子供たちへ届けるイベント「カーニバル00(ゼロゼロ)in 高知」を開催する。https://www.carnival00inkochi.jp/

Vol.66 安藤 桃子

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い

窓を愛してやまない、のです。

このエッセイを読まれた方へ

窓っていいですよね、今そちらの窓からは何が見えますか?

ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?

眠れないことがほとんどなく、、、眠らない夜はそれこそ、必ず窓の外を眺めています。