Vol.64 のぞき窓の中の理想

川口 俊和

僕、小説は書き始めて五年くらいなんですけど、舞台の脚本とか演出もやってるんですね。もう二十五年以上になるかな。演出なんで俳優さんの演技を見て「ああでもない、こうでもない」と文句をいうのが仕事なんです。

実は「コーヒーが冷めないうちに」という小説も元々は舞台の作品で、その舞台を見た今の編集さんが「この物語を小説にしませんか?」と言ってくれたのがデビューのきっかけだったんです。

今回はテーマが「窓」ということなんでね、自分にとって「窓」って言えばこれしかないかな? と思えることを書きます。

舞台を始めて、いつ頃だったかは忘れちゃったんですけど、ある有名な演出家さんの言ってた言葉で「あ、これだ」と思ったことがあったんです。その有名な演出家さんの言葉通りではないんですけど、引用すると……

「舞台というのは、他人の生活を窓からのぞいているようなもの。そこには普段、人には見せない顔がある。言葉がある。人生がある」

もう、原文とは程遠いとは思いますが、こんな感じの内容だった。それでね、僕は気づいたんです。

「ああ、僕は自分ではない誰かの人生をのぞくのが好きなんだ」

と。

でも、実際にのぞいちゃうとそれは犯罪でしょ? 罪を犯してまでのぞきたいとは思わないんです。それなら静かに漫画を読んでる方が心は満たされる。友達とバカな話をしている方が絶対楽しい。

でも、のぞきたい。

「のぞき」というとすぐにいやらしいイメージをしてしまいがちですが、僕ののぞきたいものはそれじゃないんです。別のものなんです。僕ののぞきたいものは、

人が困難に直面したとき、どうやってそれを乗り越えるのか?

その時、人はどんな表情をして、どんな言葉に心を動かされ、どんな行動をとるのか?

僕は、それを物語として書き、舞台の上に乗せる。舞台と観客を「窓」という仕切りで分けて、自分は観客側でそれを見ている。のぞいている。

僕の「窓」の向こうには常に自分じゃ乗り越えられないような出来事が起きる。困難がある。苦しさ、悲しさ、そして困難を乗り越えたあとの喜びがある。答えがある。

僕はずっと、その「窓」は舞台だけのものだと思っていました。目の前に生身の俳優たちがいて、目の前で涙を流し、怒り、笑顔を見せてくれるからです。

でも、僕の舞台を見た担当さんは僕に新しい「窓」があることを教えてくれました。それが小説でした。いや、小説だけじゃない。表現の全ては「窓」の中にあった。

実は、今でこそ小説とか書いてますけど、中学・高校と国語は赤点ばかりでした。今でも読解力はないし、漢字に至ってはパソコンに頼りすぎて小学生にも負ける自信があります。

そんな僕でも、自分の「人生」がある。難しい言葉は並べられなくても、見てもらいたい「経験」がある。僕なりの「答え」がある。僕は僕の人生を物語にのせて「窓」の向こうにいる人たちに届けることを仕事にしている。

「のぞく」側の人生だと思っていたのに、「のぞかれる」側の人生だった。

でも、僕の「窓」を通して、僕の「人生」をのぞく人たちの心に何らかの灯がともるなら、それもいいかな? と……。

PROFILE

川口 俊和

大阪府茨木市出身。1971年生まれ。
1110プロヂュース脚本家兼演出家。
代表作は「COUPLE」「夕焼けの唄」「family time」等。本作の元となった舞台、1110プロヂュース公演「コーヒーが冷めないうちに」で、第10回杉並演劇祭大賞を受賞。
小説デビュー作の『コーヒーが冷めないうちに』は、2017年本屋大賞にノミネートされた。他の著書に『この嘘がばれないうちに』がある。

Vol.64 川口 俊和

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い

等身大の自分を自分の言葉で書こうと思いました。なるべく取り繕わないように、素直に、感じたことを。

このエッセイを読まれた方へ

「窓」の内側にいるとき、悩んでいるのは、苦しんでるのは、悲しんでるのは自分だけだと思いがちになります。そんな時にこそ、舞台とか小説とか、漫画でもいいし、映画でもいい。なにか他人の人生を自分以外の「窓」からのぞいてみてください。そこに何か灯りが見えるかもしれません。

ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?

漫画と夢。
僕はもともと漫画家志望なので、漫画を読むのが大好きです。夢は寝ている間に見るものではなく目標です。やりたいことです。それを実現するために今何をするべきかを考えるだけで眠れなくなります。楽しいけど、なかなか叶わないので苦しい(笑)