Vol.26 四時の窓灯り

和合 亮一

計画的にそうなったというわけではないのだが、昨年の冬から春にかけて四冊の本をまとめた。張りつめていた気持ちの糸が切れてしまったといおうか、その一本自体、どこかに落としてしまった。最後に二年をかけた新しい詩集を製作した。そのまとめが終わったら腰が抜けたようになってしまった。机へと向かう気持ちになれない。無理やりに座る。心の真ん中に穴が開いている。ドーナッツと化している。ドーナッてしまうのか。

このタイミングで長い休日がやってきた。なんと六連休。その日の朝。宇宙の真ん中のようなところで呆然としている自分がいる。な、何をしようか。ハタと気づく。休み方が良く分からない。朝はいつもの様に四時に目覚める。出勤までの二時間、執筆をすることにしているからだ。日ごろの習性なのである。

どうしても机に近寄りたくない。布団に潜ってみる。大金持ちだったのにその家を没落させたというオハラショウスケさんは、朝寝・朝酒・朝湯が大好きで…という鼻歌が地元の福島にある。やってみよう。まずは朝寝。駄目だ。どきどきしてきた。休日なので休まなくてはと緊張している自分がいる。眠れない。酒か。風呂に入るか。いや、面白くない。

やりたいことがない。ひどく情けない気がしてきた。そういえば幼い頃に、父に連れられて、早起きして魚釣りに出かけるのが何より楽しみだった。いつも釣りに彼は夢中だった。それからすっかりと大人になった自分だが、そうしたものがない。例えばゴルフやパチンコを楽しんでいる友人が多い。一度もやったことがない。野鳥でも見るか。近くに河原がある。しかしそれを見た後に、どうすればいいのか、分からない。

病に臥せっていた子が恋しくなって思わず外に出てしまったかのように、ふらふらと庭へ。近所の河原をさまよってみることにした。何をしようと思っているのか。魚釣りをする誰かの影を探してみようとしている。あるいはそれはかつての若い父の姿なのかもしれなかった。明るくなっていく。釣り人はない。原発が爆発し、放射性物質を含んだ雲がこの街の空を、雨を降らせながら通過した後、そういえばあまり見かけなくなってしまった。

昔はあちこちで竿が朝陽を浴びて美しく振られていたのに。そんなことを思いながら、青春の終わりのようなものを感じていると、つがいのキジが油の絵の具を塗られたかのようにして繁みから飛び出してきた。美しい鳥が出てくると、竿を握りながら父と顔を見合わせて得したなあなんて言っていたものだった。ふっと力が抜ける。どう過ごせばいいのか。生きていけばいいのか。川のせせらぎに耳を洗い、心はますます駄目になっていく。

こんな調子で休みは始まり、過ぎていった。終わりに山間の温泉へ。地酒を飲み、早めに眠った。目が覚めた。朝の四時だ。けろけろと蛙の声がする。戸を開けたままにしているのに気づく。辺りを眺めてみる。まだ暗い木立の中に一軒の家。窓の灯り。

あそこにいるのは、私なのだ。痛飲によるアルコールが残っていたのかもしれない。涙があふれてきた。いつもの変わらない毎日へ戻ろう。何かをあきらめて、またそこから始めようとする気持ちに似ていた。

PROFILE

和合 亮一 わごう りょういち

1968年福島市生まれ。国語教師。
第1詩集「AFTER」(1998)で第4回中原中也賞受賞。
第2詩集「RAINBOW」で高見順賞最終候補。
第3詩集「誕生」で現代詩花椿賞と晩翠賞最終候補。
第4詩集「地球頭脳詩篇」で第47回晩翠賞受賞(2006)。
日本経済新聞誌上等にて「若手詩人の旗頭的存在」と目される。
第5詩集「入道雲 入道雲 入道雲」
第6詩集「黄金少年」(2009)。
詩人・谷川俊太郎さんとの共著「にほんごの話」(2010)。

震災以降、地震・津波・原子力発電所事故の三重苦に見舞われた福島から、Twitter(@wago2828)にて「詩の礫」と題した連作を発表し続ける。

和合 亮一 わごう りょういち

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い

謎解きを求められているかのような、様々なことを想いめぐらせられたテーマでした。心の中でイメージを追うほどに、郷愁のようなものが募っていく感覚がありました。そのままそれを、一つの詩に書いてみたくなりました。

このエッセイを読まれた方へ

創作意欲が人一倍強い人間であると思います。いつも創作にまつわることをあれこれとひっきりなしに考えています。その分、時々に反動がやって来て、ひどい落ち込みに悩まされます。そんな時に、クリエイターの方と語り合いたいです(そして優しく、なぐさめてほしいです)。

ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?

子どもの頃から集めている、マンガを読むことにしています。具体的に言いますと「こちら亀有公園前派出所」(ほとんど全巻、持っています)です。最近になって集めた「酒のほそ道」(これも全巻)なども、いつも枕元にあります。