Vol.15 窓の光は全て人 円城 塔

アメリカの作家、フレドリック・ブラウンに『天の光は全て星』というタイトルの長編があって、言われてみればまさにその通りなのだった。

その伝で言えば、窓の光はほぼ人間の活動に由来している。

宇宙から眺める地球はかつて、暗い星だった。月や惑星、もっとささやかなものとして頭上を静かに通過していく人工衛星などと同じく、静かに太陽光を照り返すだけの虚空に浮かぶ球体だった。いや、宇宙からはオーロラも見える。海面を埋め尽くした発光プランクトンの光も見えるときいたことがある。こちらは本当かどうか知らない。そう考えるとこの地球という星は、元々わりと騒がしい星なのかも知れない。

四角いビルに並んで灯る四角い窓を見ていると、もしも夜空にこうして四角く、格子状に星が並んでいたらどうだろうという気持ちになってくる。

光が消えている星では一体なにが起こったのだろう。明日にはまたついているのだろうか。それともずっと消えたままなのか。その星には何か生き物が住んでいるのか、住んでいるなら、どういう生活様式なのか、何を大切なものと考え、自分の命以外には何を守って暮らしているのか。言葉の通じる相手だろうか。何を喜び、何を悲しんでいるのだろうか。そもそもそういう機能はあるのだろうか。星々が四角く並んでいる理由については何かを知っているのだろうか。

それともこの宇宙にはもう誰もいなくて灯りがついたままの部屋が残されているだけなのだろうか。

そう考えているうちに、地球にはカーテンがついていないことが気になってくる。まあ遠すぎて見えるはずもないわけだからそれはそれでいいのだが、盛大に灯りをつけているくせに、隠そうとする様子はない。

たとえて言えば、人っ子ひとりいない森の奥深く、カーテンも引かずに家中の灯りをつけているのが人類だ。ちょっと不用心なのではないかと思う。

いや、カーテンをつけるという話はあった。フリーマン・ダイソンというアメリカの物理学者の説によると、文明の発達した星ではエネルギーを最大限に有効利用するために恒星を中心とした巨大な球殻を建築することになる、という。ダイソン球と呼ばれる、巨大な構造物だ。

そういうものがつくれるのなら、星をめぐるカーテンを開け閉めして、メッセージを送ることもできそうだなと考える。夜のビルのどこかの窓で、カーテンを開け閉めしては誰にともなくモールス信号を送って遊んでいる人と同じだ。

人間のつくる光のせいで、星空はずいぶん薄くなったのだという。今や地上で人工的な光が届いていない場所はとても少ない。

でもなあと思う。もっと宇宙の方で、人間のつくった光なんかに負けないくらいにぎやかになってくれてもいいのではないかと思う。そこで何が起こっているのか、眺めているだけでわくわくしてくるような星々の輝きや運動が夜空に展開されていても罰は当たらないのではないか。街みたいに。

宇宙人にはもっと頑張って欲しいものだと思う。いやでも、宇宙では残業というものが滅びて久しく、地球は極めて珍しい例として保護されていたりするのかもと思わぬでもない。

PROFILE

円城 塔 えんじょう とう

1972(昭和47)年北海道生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2007(平成19)年「オブ・ザ・ベースボール」で文學界新人賞受賞。2010年『烏有此譚』で野間文芸新人賞、2011年早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、2012年『道化師の蝶』で芥川賞、『屍者の帝国』(伊藤計劃との共著)で日本SF大賞特別賞を受賞。
他の作品に『Self-Reference ENGINE』『Boy's Surface』『後藤さんのこと』などがある。

円城 塔近影 提供:新潮社

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い

ほとんどのことは、ちっぽけです。

このエッセイを読まれた方へ

たまに無駄なことを考えるのは無駄じゃなかったりしますよ。

ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?

無駄なことを考えるのは、眠る役に立ちます。