Vol.12 窓の灯りの男 おちまさと

あの男の事をいつから見てるだろうか。あの男とはあの窓の灯りのウッドブラインドの隙間から見える男の事だ。僕の家から見えるあの男は部屋着で完全に気を許している。長年企画を生業にしている中「企画は記憶の複合に過ぎない」が僕の持論でありその記憶は人間観察から得る事が最適と考えている。なぜならその人間は僕の前にしか存在していない訳でその記憶は誰にも共有できない。そんな僕だけの記憶と今という時代の記憶を複合すれば誰にも出処がわからない奇想天外な企画になる可能性があるからだ。だから見るともなく人間観察をしてしまう。

男は夜10時になるとソファーを背凭れに床に座り2冊の雑誌とiPhoneを横に置いた。一時間半前ぐらいだろうか奥さんと子供であろう二人は寝室に移動している。男の目の前のテレビではニュースキャスターが遠い国で起きた日本人の事件を伝えているのが観える。男はiPhoneをいじりながら時々ニュースを観る。

突然何か忘れ物に気づいたかの様に立ち上がり窓の灯りから一旦フレームアウトするとジャックダニエルのボトルとバカラのロックグラスさらにペットボトルの特茶を持ちソファー前に戻って来た。まるでそこに印があるかの様に1ミリもずれる事なく同じ場所に再び座る。

足元に転がっていたリモコンを取り操作を始める。どうやらニュースから何か録画している他のコンテンツに変えるらしい。モニターに切り替わって映ったのは昼のニュースだ。この男は一体何を考えているのだろうか。生放送の最新の情報を伝えているニュースショーを消し録画してあった数時間前の昼のニュースショーに切り替えたのだ。大体昼のニュースをわざわざHDDに録画予約する人間がいるだろうか。もしかしたら毎日録っているのだろうか。ニュースは刻々と新たな事実や情報によって上書きされていく現代、昼のニュースショーを夜に観て一体何の価値があるのだろうか。その昼に流れたニュースはもはや劇的な進展をしている事を教えてやりたい。

男はジャックダニエルをストレートで飲みながら次の瞬間には特茶を喉に流し込む。健康を意識してるのかしてないのかよくわからない微妙なバランスを保ちながら夜は更ける。外に広がるビルの灯りが消えていきさらに男の窓の灯りは煌々と際立つ。男は一度腰をおろした場所から微動だにせずiPhone、ジャックダニエル、特茶、なぜか昼のニュースのチラ見、窓の外を観るを長時間繰り返す。特にiPhone時の集中力は高い。大量な写真からブログかTwitter用の写真を選んでいるのか目の前のニュースの最新情報をYahoo!ニュースから探っているのだろうか。

すると男は突然テレビの音量を一気に下げソファーの上に座った。あまりに動かないのでソファー下から上へだけでも大きなアクションに見える。直後2冊の雑誌をハイスピードで斜め読みを始める。集中力があるのかないのかこれまた微妙なバランスである。一冊を一気に読み終えたのか横に置くとおもむろに立ち上がった。トイレだろうか。その間に僕もトイレに行ってさらなる観察を続けようと立ち上がった瞬間、僕は男と目があってしまった。しかし考えれば僕の家の窓の外には建物はない。

男は僕だ。鏡の様になった窓に写った自分だ。人間観察する分同じだけ自分を俯瞰して見る事が癖となりそれも微妙なバランスでカメラは寄り引きを繰り返す。毎夜酒を飲み毎朝走る様に。ウッドブラインドを閉めに窓に近づくと男も近づいてきた。寝るのが苦手そうな顔をした男だ。ウッドブラインドを一気に閉めると窓の灯りと男は消えた。

PROFILE

おちまさと

1965年東京都生まれ。プロデューサー。
テレビ番組から多岐に渡る数多くの企業ブランディングなどを手掛ける。大和ハウス工業の街作りや東京スカイツリーソラマチ室内遊園地など総合プロデュース。
著書も多数。

公式ブログ:http://ameblo.jp/ochimasato/
HP:http://www.ochimasato.com/

おちまさと近影

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い

視点変えの重要性。

このエッセイを読まれた方へ

お疲れ様です。

ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?

娘の寝息を聞く事。