
ガタンゴトン、ガタンゴトン。私は、街を走る電車の音が大好きだ。でも、シューースコーーーンと素早く駆け抜ける新幹線の音の方が好きなのかもしれない。
新幹線の窓から見える景色は、電光石火のスピードで移ろっていく。目に焼き付けようとしても、どうも世界は待ってくれない。その新幹線の窓が見せてくれる世界の一瞬のかけらが、いちばん大好き。必死になって目を凝らし、日本の暮らしに吸い付くように過ごしていれば、あっという間に時間は経っている。
もしも、朝焼けの光の下で走る新幹線のてっぺんにしがみつけば、素敵な風が体を差し抜けていくんだろうな。とても刺激的で、ジェットコースターに乗るよりも楽しいんじゃないかな。しかし、それは危なすぎる。だから私は、心地よいパーソナルスペースのある座席に座り、小さな窓に目を委ねることで精一杯だ。守られた空間から見える、いろんな景色。一日のかけらたちが視界に飛び込んでくる。その時間が、たまらなく好き。
夕陽が差し込まれた美しい緑の田んぼ。自転車で駆け抜ける青春色の女学生。夜になるとネオンまみれに光る忙しない街。あのラブホテルでは誰かが今日も愛を囁き合っているのかな。お疲れさま!と乾杯のグラスの音が聞こえてきそうな小さな飲み屋。雲たちはこれから雨になる支度をそわそわと始めていて、遠い山に聳え立つ木々はこそこそ話ができるぐらい近くに並んでいる。
そっと瞼を閉じるように、アパートの灯りが一つ消える。また一つ消える。隣町でも、また一つ、眠っていく。そんな景色は目に映っても一瞬にして過ぎ去っていく。新幹線の窓から見える暮らしは、儚い。こんなふうに人生も一瞬にして終わっちゃうのかな。そうやって思うと、少しだけ切なくなる。しょっぱい味が喉をだらんと潜り抜けていく。涙にもなりきれない、灰色の心。
私はそんな時、グレン・グールドのピアノの音色を聴く。ペダルがあまり踏まれていないバッハの旋律。一音一音に余韻はあまりなく、ただ淡々と心に溜まっていく侘しさ。イヤホンから耳に流れてくる心地のいいメロディの中で、たまにグールドは小さく唸る。新幹線の中で聴くグールドの唸り声は、少し世界に抗っているようにも聞こえてくる。
新幹線がトンネルに差し掛かれば、途端に窓は真っ暗だ。映るのは、半開きの口をした自分の顔。とんでもなく無防備でとんでもなく、だらしない。こんな顔のまま生きて、一瞬の人生を終えてたまるものか。ぐっと目を開いてみせて、口を閉じておすまし顔をしてみる。私はこんなに真面目な顔だってできるんだぞ。でもこんな顔をし続けて人生を終えるのもなんだか、しんどそうだなぁ。じゃあ、どんな顔をして生きていけばいいんだろう。いつだって眠そうにしていれば気が優しそうに見えたりするのかな。いや、それだと覇気がないか。
、、、私は何をしているんだろう。まぁなんでもいいや。
今はこの灰色の感情に身を委ねて、半開きの口で、呆然と新幹線に乗っていよう。この人生のような速さを、ただ味わおう。新幹線を降りたらシャキッとしたり、だらんとしたり。また他愛のない日々を耕していくんだ。
終点に近づいた車内でせかせかと降りる支度をしている人の音が聞こえる。私はこのまま、もう、動きたくない。





もうこんなせかせか動きたくないと思う自分と出会ったので、これを書こうと思いました。
Ariaがおすすめです。
・窪美澄さんの本