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おっさん萌え

胸がキューっとなる瞬間がある。大きな声で言えることじゃないが、私は女が大好きだ。いや、このさい別に大声で叫んでもかまやあしない。

女が好きだー!

しかし、今日私が語りたいのはそれとは真反対のことであって、実は、ときどき、おっさんに対して、

ああー、萌える。

という瞬間が私にはあるのだ。それはもちろん性的に、ではない。冒頭で書いたようなこと。胸がキューっとなるのだ。と書いて、もしかしたら性的に?とも思い直したが、幸いなことにやはり性的にはどう考えても萌えない。

コンビニでタバコを買おうとしているおっさん。どこからどう見てもおっさん。私以上に仕上がりきったおっさん。そういうおっさんが、中国人の店員に、「20歳以上。ボタン、押してください」って、レジカウンターで言われてる姿。

そして、その言葉が言い終わるより食い気味にボタンを押す、ハードボイルドなおっさん。

食い気味おっさん萌え~、である。

始めの頃は、私と同じく腹が立ったであろうに。何度も何度も言われたあげく、むしろ、食い気味に押すことでおのれのおっさんとしてのプライドを「うやむや」にし、さっそうと煙草を手にして去ってゆくおっさんの後姿に、私は「おつかれさん」と声をかけたいのだ。そして、その後、自分もまた食い気味にボタンを押すことになるのだが。それはそれで、従順な自分萌え~、というのもじゃっかんある。

私は、よく立ち食い蕎麦屋に行く。立ち食い蕎麦屋の店員は、たいがいおっさんである。よくておばさん。若い女子や男子は滅多にいないし、いても、こちらが困惑する。立ち食い蕎麦屋の店員は、やはりおっさんであってほしい。しかし、たたき上げのおっさん、というのは困る。「このおっさん、中学校から、たたき上げの立ち食い蕎麦屋だ!」。そんなおっさんが店員でいたら、箸が震える。

立ち食い蕎麦屋の店員のおっさんは新人がいい。おっさんなのにピッチピチの新人萌え~、である。なにかの紆余曲折をへての、立ち食い蕎麦。立ち食い蕎麦屋の店員のおっさんの「へて」感。それも立ち食い蕎麦の味の内と考える。

そして、立ち食い蕎麦屋のおっさんは、ある日、急にいなくなる。1年間同じ場所で働いている立ち食い蕎麦屋の店員を私は見たことがない。必ず、消える。音もなく消える。へて、立ち食い蕎麦屋になり、そして、それをへて、次はなにをへるのだろうか。

へて、と言えば、いきなり馴染の牛丼屋に、やはり何かをへて来たのであろうおっさんが新人として入って来るのも昨今見かける風景である。牛丼屋には立ち食い蕎麦と違い、若い店員が多い。そんな中、先輩の茶髪にめっちゃ注意されているおっさん。なにかをへて、へて、もしかしたら、立ち食い蕎麦屋などもへて、たどり着いた先で茶髪に注意されているおっさん。

茶髪に注意されおっさん萌え~、である。これが一番、胸にキューっと来る。そして、世のすべての戦い、かつ、戦いあきらめていくおっさんたちに「おつかれさん」と言いたくなるのである。

松尾 スズキ

profile

まつお・すずき
1962年福岡県生まれ。88年に「大人計画」を旗揚げ、宮藤官九郎や阿部サダヲを輩出、舞台の演出だけでなく、俳優、作家、映画監督とマルチに活躍する。
作・演出を手がけた舞台、多数。

コメント

「お疲れ様」というテーマをうけ、エッセイにこめた想い

日本のおじさんの哀愁を見ると不意に「おつかれさま」と言いたくなるのです。自分こそおっさんのくせに、です。

このエッセイを読まれた方へ

おっさん観察。おもしろいです。

明日に向かうために欠かせないこと

過去をグチャグチャ言わないこと。ですかね?

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