Vol.34 停電の12階は地獄

宮木 あや子

横浜市の比較的栄えている区の高台に生まれ育ち、19歳のとき父の実家がある東京へ引っ越した。そして間もなく(本当に引っ越して10日で)アメリカの西側の、とんでもない田舎の大学に留学をした。アメリカ留学は二度目で、一度目は海沿いの栄えた街だったのだが、このときは近隣の主な名物が「UFOの目撃地」だった。

住居は大学敷地内にある13階建ての寮の12階(女子フロア)。生まれて初めて「窓の外に民家の灯りが見えない」場所に住んだ。窓から見えるのは大学内のいくつかの建物と給水塔と送電線と農場だけだった。空がとても広かった。

その年の冬は100年に一度の大寒波だったらしく、ある日、外出から帰ってきたらホールが真っ暗でエレベーターが止まっていた。連日の積雪により電線が切れたのだという。

「おお私の神よ!(英語で)」

前述のとおり、私の部屋は12階である。ルームメイトのアメリカ人女子(妊娠六ヶ月)は大学外の平屋に住む彼氏の家に行ってしまった。絶望的な気持ちでひーひー言いながら非常階段で12階まで上り、フロアへ出る扉を開けると、同じ階に住む学生たちのテンションが異様に高かった。何かと思ったら廊下の判りやすい場所に「今日だけはキャンドルを使ってOK」という張り紙。普段、寮は火災防止のためキャンドルの使用は禁止だったのだ。

私も含めて一般的な日本人は誕生日ケーキと仏壇でくらいしか蝋燭の活躍の場を見ないが、アメリカ人女子は何かといえばキャンドルに火をつける。禁止されていてもこっそり使う。それがその日だけはおおっぴらに使って良いと言われたのである。そりゃはしゃぐよね。廊下にも点々と「私の自慢の一品」であろう綺麗なキャンドルが誘導灯のように並んでいた。

「アヤコ、キャンドルある?ないの?じゃあ私の部屋においで、一緒にピザ食べよう!ポップコーンもあるよ!」

電気がきていないので、当然学食も営業していない。隣の部屋の子に誘われて行ったら、なにかの儀式かな、と思うくらいたくさんのキャンドルが部屋中に飾られていた。花が埋め込まれたものや、可愛い絵の描いてあるもの、変わった形のもの。その部屋に集まっていた五人くらいの女子たちがそれぞれお気に入りのキャンドルを持ち寄ったのだろう。カーテンは開け放されていて、窓も開いていた。寒い。しかし彼女たちは揃いも揃って半袖に短パン。何故だ。

年頃の女子が数人集まれば、どこの国でも話題は男のことばかりで、だいぶえげつない。ときどき、フロアの責任者を任されている真面目な女子(「寮長」の各フロア版みたいな)が各部屋の様子を見にくる。開け放した部屋の扉から顔をのぞかせ「火事にならないように気をつけてよ!」と注意をしてゆく。可哀想な彼女はみんなにポップコーンを投げつけられる。

おそらく、そういう部屋が2階から最上階までたくさんあったと思う。もちろんひとり静かに暗い夜を満喫していた子もいるだろうし、ひとりでキャンドルの灯りを見つめていた子もいるだろう。寮の建物を外から見てみたいな、と思った。きっと綺麗だろうな。光のない平野に聳える、揺れる灯台のようなたくさんの窓。静かな灯り、鮮やかな灯り、祈りのような光。暗い夜道で迷ってる人、ここに灯りがあるよ。部屋は寒いけど、なんだか暖かいよ。

停電は3日続いた。翌朝、授業へ向かうため階段を下っていて脚をつった私はあとの2日を別の寮の2階に住んでいたボーイフレンドの部屋で過ごした。

PROFILE

宮木 あや子 みやぎ あやこ

1976年、神奈川県生まれ。
2006年、『花宵道中』で第5回「女による女のためのR-18文学賞」大賞と読者賞をダブル受賞しデビュー。
著書に、「校閲ガール」シリーズ3作、『雨の塔』『泥ぞつもりて』『野良女』『憧憬☆カトマンズ』『婚外恋愛に似たもの』『あまいゆびさき』『砂子のなかより青き草』『帝国の女』『喉の奥なら傷ついてもばれない』など。
2013年、『セレモニー黒真珠』で第9回酒飲み書店員大賞を受賞。

宮木 あや子

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い

窓の灯りってほっとするよね、という気持ち。

このエッセイを読まれた方へ

ちょっとでも楽しんでもらえてたら嬉しいです。

ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?

最近は新約聖書を読んでます。よく眠れます。